W4−56]《かな》ひしは、フランチエスコ・アルバニ[#「フランチエスコ・アルバニ」に傍線]が四季の圖なり。「アモレツトオ」といふ者ぞ、と教へられたる、美しき神の使の童どもは、我夢の中より生れ出でしものかと疑はる。その春と題したる畫の中に群れ遊べるさまこそ愛でたけれ。童一人大なる砥《と》を運《めぐら》すあれば、一人はそれにて鏃《やじり》を研ぎ、外の二人は上にありて飛行しつゝも、水を砥の上に灌《そゝ》げり。夏の圖を見れば、童ども樹々のめぐりを飛びかひて、枝もたわゝに實りたる果《このみ》を摘みとり、又清き流を泳ぎて、水を弄《もてあそ》びたり。秋は獵の興を寫せり。手に繼松《ついまつ》取りたる童一人小車の裡《うち》に坐したるを、友なる童子二人牽き行くさまなり。愛はこの優しき獵夫《さつを》に、共に憩ふべき處を指し示せり。冬は童達皆眠れり。美しき女怪水中より出でゝ、眠れる童たちの弓矢を奪ひ、火に投げ入れて焚き棄つ。
 神の使の童をば、何故「アモレツトオ」(愛の神童)といふにか。その「アモレツトオ」は、何故|箭《や》を放てる。こは我が今少し詳《つばら》に知らんと願ふところなれど、フランチエスカ[#「
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