P所より移住せしめしことあり、されどそれさへ雜草の叢《くさむら》に穀物の種を蒔きしに似て、何の利益もあらで止みぬ、兎角は貧の上の事にて、貧人の根絶やし出來ねば、無駄なるべしと、諭《さと》し顏に物語りぬ。
 げにも羅馬とナポリ[#「ナポリ」に二重傍線]との間ほど、劫掠《ひはぎ》に便よきところはあらざるべし。奧の知られぬ橄欖《オリワ》の蒼林、所々に開ける自然の洞窟より、昔がたりの一目の巨人が築きぬといふ長壁のなごりまで、いづれか身を隱し人を覗ふに宜《よろ》しからざる。
 友は蔦蘿《つたかづら》の底に埋れたる一|堆《たい》の石を指ざして、キケロ[#「キケロ」に傍線]の墓を見よといへり。是れ無慙《むざん》なる刺客《せきかく》の劍の羅馬第一の辯士の舌を默《もだ》せしめし處なりき。(キケロ[#「キケロ」に傍線]の別墅《べつしよ》はこゝを距ること遠からざるフオルミエ[#「フオルミエ」に二重傍線]にあり。該撤《ケエザル》歿後、アントニウス[#「アントニウス」に傍線]一派の刺客キケロ[#「キケロ」に傍線]を刺さんと欲す。キケロ[#「キケロ」に傍線]身を以て逃れ、將《まさ》にブルツス[#「ブルツス」に傍線]の陣に投ぜんとして、遂に刺客の及ぶところとなりぬ。時に西暦前四十三年十二月七日なり。)友は語をつぎて、車主はこたびもモラ、ヂ、ガエタ[#「モラ、ヂ、ガエタ」に二重傍線](即ち昔のフオルミエ[#「フオルミエ」に二重傍線])の別墅に車を停むるならん、今は酒店となりて、眺望好きがために人に知らるといひぬ。

   旅の貴婦人

 山嶽は秀で、草木は茂れり。車は月桂《ラウレオ》の街※[#「木+越」、第3水準1−86−11]《なみき》を過ぎて客舍の門に抵《いた》りぬ。薦巾《セルヰエツト》を肘《ひぢ》にしたる房奴《カメリエリ》は客を迎へて、盆栽|花卉《くわき》もて飾れる闊《ひろ》き階《きざはし》の下《もと》に立てり。車を下る客の中に、稍※[#二の字点、1−2−22]肥えたる一夫人あるを見て進み近づき、扶《たす》けて下らしめ、ことさらに挨拶す。相識の客なればなるべし。夫人の顏色は太《はなは》だ美し。その瞳子《ひとみ》の漆《うるし》の如きにて、拿破里《ナポリ》うまれの人なるを知りぬ。
 われ等の衆人と共に、門口に近き食堂に入る時、夫人は房奴に語りぬ。こたびの道づれは婢《はしため》一人のみ。例の男仲間
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