くちびるをつけました。東の空をみると、もうあけ方のあかね色がだんだんはっきりして来ました。ひいさまは、そのとき、するどい短刀のきっさきをじっとみて、その目をふたたび王子の上にうつしました。王子は夢をみながら、花よめの名をよびました。王子のこころのなかには、花よめのことだけしかありません。短刀は、人魚のひいさまの手のなかでふるえました。――でも、そのとき、ひいさまは短刀を波間《なみま》とおく投げ入れました。投げた所に赤い光がして、そこから血のしずくがふきだしたようにおもわれました。もういちど、ひいさまは、もう半分うつろな目で、王子をみました、そのせつな、身をおどらせて、海のなかへとび込みました。そうしてみるみる、からだがあわになってとけていくようにおもいました。
 いま、お日さまは、海の上にのぼりました。その光は、やわらかに、あたたかに、死のようにつめたいあわの上にさしました。人魚のひいさまは、まるで死んで行くような気がしませんでした。あかるいお日さまの方を仰ぎました。すると、空の上に、なん百となく、すきとおるような神神《こうごう》しいもののかたちがみえました。そのすきとおるもののむこう
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