ゅうくつな長ぐつでしめつけられていました。眠っているとも、さめているともつかず、うとうとゆられていました。右のかくしには信用手形を入れ、左のかくしには、旅券を入れていました。ルイドール金貨が胸の小さな革紙入にぬい入れてありました。うとうとするとこのだいじな品物のうちどれかをなくした夢をみました。それで、熱のたかいときのように、ひょいととびあがりました。そうしてすぐと手を動かして、右から左へ三角をこしらえて、それから胸にさわってまだなくさずに持っているかどうかみました。こうもりがさと帽子とステッキは、あたまの上の網のなかでゆれてぶら下がっていて、せっかくのすばらしいそとの景色をみるじゃまをしていました。でも、その下からのぞいてみるだけでして、そのかわり学生は心のなかで、詩人とまあいってもいいでしょう、わたしたち知っているさる人が、スウィスで作って、そのまままだ印刷されずにいる詩をうたっていました。
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さなり、ここに心ゆくかぎりの美はひらかれ
モンブランの山|天《あま》そそる姿をあらわす。
嚢中《のうちゅう》のかくもすみやかに空しからずば、はや
あわれ、いつまでもこの景にむかいいたらまし。
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みるかぎりの自然に、大きく、おごそかで、うすぐらくもみえました。もみの木の林が、高い山の上で、草やぶかなんぞのようにみえました。山のいただきは雲霧《くもきり》にかくれてみえませんでした。やがて雪が降りはじめて、風がつめたく吹いて来ました。
「おお、寒い。」と、学生はため息をつきました。「これがアルプスのむこうがわであったらいいな。あちらはいつも夏景色で、その上、この信用手形でお金が取れるのだろうが。金の心配で、せっかくのスウィスも十分に楽しめない。どうかはやくむこうへいきたいなあ。」
こういうと、もう学生は山のむこうがわのイタリアのまんなかの、フィレンツェとローマのあいだに来ていました。トラジメーネのみずうみは、夕ばえのなかで、暗いあい色の山にかこまれながら、金色のほのおのようにかがやいていました。ここは昔、ハンニバルがフラミウスをやぶったところで、そこにぶどうのつるが、みどりの指をやさしくからみあっていました。かわいらしい半裸体のこどもらが、道ばたの香り高い月桂樹《げっけいじゅ》の林のなかで、まっ黒なぶたの群を飼っていまし
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