った肉屋の店を、四つんばいになってはいあるきました。ここは肉ばかりでした。どこまでいっても、肉のほかなにもありませんでした。これはお金持のりっぱな紳士《しんし》の心でした。おそらく、この人の名まえは紳士録にのっているでしょう。
 こんどはその紳士の奥さまの心のなかにはいりました。その心は、古い荒れはてたはと[#「はと」に傍点]小屋でした。ごていしゅの像がほんの風見《かざみ》のにわとり代りにつかわれていました。その風見は、小屋の戸にくっついていて、ごていしゅの風見がくるりくるりするとおりに、あいたりとじたりしました。
 それからつぎには、ローゼンボルのお城でみるような鏡の間《ま》にでました。でもこの鏡は、うそらしいほど大きくみせるようにできていました。床《ゆか》のまんなかには、達頼喇嘛《ダライラマ》のように、その持主のつまらない「わたし」が、じぶんでじぶんの家の大きいのにあきれながらすわっていました。
 それからこんどは、針がいっぱいつんつんつッたっている、せまい針箱のなかにはこばれました。これはきっと年をとっておよめにいけないむすめの心にちがいないとおもいました。けれど、じつはそうではありません。たくさん勲章をぶら下げている若い士官の心でした。しかし、世間ではこの人を才と情のかねそなわった人物だといっていました。
 あわれな助手は、列のいちばんおしまいの人の心からぬけだしたとき、すっかりあたまがへんになっていて、まるでかんがえがまとまりませんでした。やたらとはげしいもうぞう[#「もうぞう」に傍点]が、じぶんといっしょにかけずりまわったのだとおもいました。
「やれやれ、おどろいた。」と、助手はため[#「ため」に傍点]息をつきました。「おれはどうも気ちがいになるうまれつきらしい。それに、ここは、むやみと暑い。血があたまにのぼるわけさ。」
 そこで、ふとゆうべの、病院の鉄さくにあたまをはさまれた大事件をおもいだしました。
「きっとあのとき病気にかかったにちがいない。」と、助手はおもいました。「すぐどうかしなければならない。ロシア風呂《ぶろ》がきくかも知れない。ならば一等上のたなにねたいものだ。」
 するともう、さっそくに蒸風呂《むしぶろ》のいちばん上のたなにねていました。ところで、着物を着たなり、長ぐつも、うわおいぐつもそのままでねていました。天井《てんじょう》からあつい
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