愉快にはなすことが度々あつた。「今の若いやつの運動見てられへん。危かしうて」と云つた。さう云ふ風に語つたり毎日々々が安穏に暮せると、若い連中の組織的な力に嫌悪の念さへ湧いて来るのだ。これは不思議な現象であつた。――あの遊びに来る若い男が虫なのであらうか。――彼は考へる。
ちやうどそんな時に煉瓦塀にもたれて、その虫である若い男がウメ子が工場から出て来るのを待つてゐた。彼らは色々と話すことがあつた。燐寸会社の古い頽《くづ》れた煉瓦塀に沿ひながら、彼らは歩いて行つた。まだ寒い頃だ。風が吹いて、ウメ子の黒い肩掛がヒラヒラした。話のとぎれた時、突然、ウメ子は云つた。
「これ逢ひ引き云ふもんちがふ? わてら何やら活動にあるやうな恋人どうし見たいなわ」
それから二人は若々しく笑ひだした。その夜、晩《おそ》く、彼女は帰つて来た。頬ぺたと右肩に糊が冷たさうに、硬ばつてくつついてゐた。手をもむとボリボリと糊が垢《あか》と一しよに黒くなつてこぼれた。
――ポスターを張りに行つた二人であつた。議会解散要求のポスターは風がきついので張りにくかつた。糊はいくども吹き離された。若者は外套《ぐわいたう》をひろげ
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