野良帰りには不思議に逢はなかつた。唐もろこしに囲まれた姪《めひ》の家まで来た。背後《うしろ》の山はもう真黒に暮れてゐた。
姪の家では縁側で彼の娘のウメ子が泣いてゐた。部屋の中の黄色い電燈を逆に受けて、ウメ子はミジメに見られた。ケチン坊の姪の扱ひ方が想はれた。仙吉はトツサに提げて来た袷を投げて、娘を片手で抱いた。びつくりして、もつと泣き出した。
夜更けるまで、姪夫婦と諍《いひあらそ》つた。姪は養育費を一円五十銭よこせと、云つた。仙吉はアホコケと云つた。一ヶ月三十銭にしても、一円もかかるまい、とどなつた。そして脂臭い一円札を投げた。姪はそれを拾つて、いつも腹にくくりつけてある胴巻の中にしまひこんだ。
朝になれば如何《どう》しよう。仙吉にはもう耕す土地はなかつた。小屋もとりあげられた。村の旦那と争ふものは、いつも、このやうな結果になるのだ。村に居られないものは、O市に出るよりしかたがなかつた。都会へは四方からいろんな人が集つて来る。そして、仙吉の考へに従へば、「栄《え》エウ[#「エウ」に傍点]に暮せるのだ」何をコセコセした村でなんかくすぼつてることがあらうぞ。
朝になつた。仙吉は去年
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング