下してゐる。
――その夜、指導者は日頃飲み友だちの新聞記者と会つた。そして、彼は冗談のやうに云ふのである。
「俺が自殺したら、何段抜きで取扱ふかね」
それから、彼は実は自分は、争議惨敗の責任を団員に感じて、睡眠薬を飲まうと思つてゐると語つた。
新聞記者は相手の眼をぢつと見てゐたが、その眼の光がニヤリと動いたやうに思はれた。そこで彼も亦ニヤリとして、
「いつやるんだ」
「あす昼、解団式の直後にでも決行する」
「そりや、まづい」と新聞記者は云つた。
「それぢや、俺んとこの特種にならん。夜の二時すぎは如何だ。みんな朝刊の締切がすぎてからの方が都合がいいね。君のアパートでやるんだね、――と、かう云ふ記事でいいだらう、トーキー争議の指導者責任感から自殺を計る、か。つまり何だな、某氏は今暁、ベロナールを飲下して自殺をはかつたが、幸少量であつたため苦悶中発見され、手当を受けた、と。生命は取とめられる見込である。原因については、争議団にあてた遺書が発見され、それに依れば、今日のトーキー争議が惨敗に終つて、従業員を路頭に迷はすに到つた責任を、指導者として痛感した結果であると見られてゐる。尚最近、不
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