て、休み込んで色々と世間話をはじめるのである。そして、娘のことをかう語つた。
「どうせ、もう堅気の女ぢやねえんですから、誰か莫迦《ばか》な男で、金のあるやつをだまかして、絞つて少し仕送りしてくれるといいんですがね――今のところ、取つても自分だけでぱつぱと使つて、ちつとも廻してくれないんでね」
 料理人は苦りきつてゐる。彼は酸つぱい気持で、もう女なんか相手にすまいと決めて、すつかり女嫌ひになつてゐるが、かう云ふ人のいい男はまた誰かに好意を示されると、有頂天になるかも知れないのである。
 この隣りの八号室にゐる映画説明者も、実に人がよささうに見える。脊は低い方で、よく肥えてゐるのでまるまつちく指なんかも太く短く、美しいヒゲをのばしてゐる。そして、いつも白足袋、羽織姿で、身綺麗にしてゐる。そこで、暇のある女房たちも騒ぐし、人当りがよく如才もなく、世話好きに見えるので、いつか部屋代値下要求運動の時には代表者に選ばれた位である。もちろん、説明者だから口が巧く交渉なぞも円滑に行くだらうと、みんなが考へたためでもあつた。
 ところが、この男は見かけによらず人が悪くて、小才を弄するのである。
 たとへ
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