てゐるので、表の方へ廻つて彼の店を見るならば、彼が日に二合づつの牛乳を呑むに拘らず、乾操した皮膚をして、兎のやうに赤い眼の玉をキヨロキヨロさせ、身体中から垢の臭を発散させてゐる理由も、何だか了解できるやうな気がするだらう。それ程、彼の店は陰気で埃つぽく不衛生である。動いたことのない古物が――鍋釜《なべかま》、麦稈《むぎわら》帽子、靴、琴、鏡、ボンボン時計、火鉢、玩具、ソロバン、弓、油絵、雑誌その他が古ぼけて、黄色く脂じみて、黴《かび》に腐つてゐる。唯、これらの雑然とした道具と道具との狭い間を生き生きと動いてゐるのは、主人の子供たちだけである。――細君はやはり赤茶けた栄養の悪い髪の毛を束ね、雀斑《そばかす》だらけの疲労した表情をしてゐるが、恐しく多産で年子に困つてゐる。かつて、あるテキヤに口説《くど》かれたことがあつたが、そして、もう少しのところで誘惑されて了ふところであつたが、彼女は思ひとどまつて次のやうに言訳をした程である。――自分は関係するとテキメンに子供を産む性質だから、後になつてこのことが露顕するかもしれない、その時には足腰の立たぬ位ぶん撲《なぐ》られて追ひ出され、食べ物にも困
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