ればならない。もともと私は歯性はよかつたのに、いつ頃か、一本の齲歯《むしば》に悩むやうになつて、それが次第に増えて行つたのだ。はじめは、医師の手当も受けてゐたが、規則正しく通へないため治療が中途半端になりがちのところへ、なまじ工作しかけた箇所が却つて、腐蝕の進行を助けることになると云つた始末で、次から次へと焦躁を感じたほど早い速度で犯されて行つた。さうなると、私の悪い習癖が出て、今まで普通なみには手入れしてゐたのも莫迦らしくなり、投げるやうにうつちやらかして了ふ。どうせ、一旦、故障が出来て了つて、眼に見えて悪くなつてるんだ、それを少し位とどめてみたつて五十歩百歩ではないかと云ふ考へ方が強くなる。それよりも、一本二本の歯をいちいち補ふ煩《わづら》はしさよりは、その手数をまとめて、一度に払つた方がいいとするのである。
かうした性向は、私のその他の生活の上にも出ないわけにはいかない。小学生から中学生のはじめまでは、些《すこ》しは無理をしても一度の遅刻も早引もない皆勤をつづけてゐたのを、母親が急死したりして、はじめて欠席してからは、もう理由もないずる休みも平気になつて了つた。果ては高等学校で
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