もあつたし、力弱い咳もつづけさまにするのだ。
「――医者に来て貰つたらどうか」
と、私は忠告した。
「――莫迦を云ひ給ふな、……もし我輩が病気だと宣告されて、静養でもしなければならなくなつたらどうする、……姉や女房のことは、一体誰がしてくれるんだね」
憤慨したやうに云ふ言葉は、理窟はをかしかつた。しかし、私はわけもなくその気組みに圧される想ひで、黙つて了つた。
「――どうだす、少しは気分がよろしおますか」
おみくじ屋の老人は、そろそろ商売に出るので支度をしてゐたが、さう云つて枕もとで腰を折つた。
「――ああ、大丈夫だよ、……早く行つて、お稼ぎよ」
「高等乞食」は、どんよりした眼で見上げた。
やはり、あすから年が更《あらたま》るとなると、かうした生活の場所でも、常よりも一層ざわざわと慌しく騒がしかつた。
私は、病人の顔をのぞき込んでゐて、やかましい物音のたびに、折角安眠しかけた彼が、はつと眼ざめるのを、自分でもはつとしたりしてゐた。
いつか、時間は経《た》つた。
老人が、酒のにほひをぷんぷんさせながら帰つて来たので、おや、そんな時刻かとびつくりした。彼は、持前の単純な元気を
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