びしびしと叩きたかつたのだらう。へん、お生憎《あいにく》さまだ、と誰かに云はれてゐるやうな気もする。女は噂によると右下肢がひきつつて、一時|跛行《はかう》してゐたさうだが、それも劇薬の副作用だつたのにちがひない。京都へ再び来て、気障《きざ》つぽく云へば、あちらこちらの愛の古跡が自分の足をとどめさせてゐた。そして、この歳月のあとでは、やはり女の消息が知りたくなつてゐるのだ。変化する心は恐しい。自分は学生時代から友だちづきあひが悪くて、東京で今往来してゐるのは、転向出所後ぶらぶらしてゐる栗原位なもので、御無沙汰してゐた京都で、彼女のことを聞き出し得るやうな知人はゐなかつた。それで嵯峨の彼女の寺まで行つて私立探偵のやうに問合せて廻つた。最初養子を迎へたとのことで、一眼見て行きたいと望んだが、それは妹娘のまちがひであつた。姉の方は、とつくに死んでゐたんですよ。自分はさう知つた次の日に京都を去つてゐる。伯父はお役所が忙しいやろに、ほんまにすまなんだ、と繰返して感謝してゐた。お役所も何もない、臨時雇の自分なぞ、忙しかつたためしはないのだが、黙つてありがたがらせて置いた。人なみに青い事務セエードを頭にかけて机に倚《よ》つてはゐるものの、自分なぞする仕事が与へられず暇で困つてゐたのだ。これはひどく苦痛なので、清掃課長にその旨を云つたことがあるが、彼は、ここぢや人員が過剰なとこへ君たちが割り込んで来たのだ、国家が君たちに食扶持《くひぶち》を支給する表面の名義だけつければいいのだから、別にそんなに忠義立てして仕事する必要はないと答へた。自分は人間を莫迦《ばか》にした言葉だと憤然とした。だが、結局それでもいいのか、以前は乱れたままにしてゐた髪に櫛を入れたりして、定刻に通つてゐるからあまいものだ。そんなことを涙をためてゐる伯父が、お役所お役所と云ふたびに想ひ起して病院を出た。汽車は田園を走る。自分は学校を出た当座、地方の中学の口がいくつかあつた。その時は、一も二もなくはねつけたが、現在のやうな生活状態ならば、いつそ簡素な田舎《ゐなか》ぐらしに隠遁したやうな気持で悠々自適してゐた方がよかつたなぞと考へた。もう、あんな寒村の小学校でもいい、呼んではくれないかなぞと窓をなめるやうに顔を近づけて、冬の雲の下にうづくまる農家や牛や百姓を見るのであつた。もちろん、こんな気持が嘘なのは知つてゐる。さうし
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