ら、新吉はてきやの連中と大阪へ旅立つたと聞いたのも彼からであつた、――おしげはまるでおはまのところへよりつかなかつたのだ。
「さう、――ぢや、鬼のゐぬ間の洗濯ね」
「うん」
何気なく聞き流したその「うん」が彼女にも意外であつたが、おしげに影響してゐた、早速、次の日、一時間ばかりですませますからと、象潟町へ久しぶりに訪れた、二階では、夜番のおはまは臥てゐたが、顔を見るなり、秀ちやんはけふゐないの、とたづねるのであつた、何だい、お前なの、びつくりしたよ、と起きる母親に、重ねて、秀ちやんが何か云つてた、とまくし立てた。
ぢつと眼を離さずに、母親の様子からも、秀一との間を嗅ぎ出さうとしてゐた、若い頃から身の修《をさ》まらぬおはまを娘はよく知つてゐたのだ、新吉がゐるうちはとにかく、不在であるならば、とおしげは我になく気になつた。
最初は母親と彼がむすびつけばと望んでゐたのに、知らぬ間に、変つて来てゐたのは、彼女も男を知つたからであらうが、彼女は深くその矛盾について考へてはゐなかつた。――
「母あちやんか、母あちやんは稼ぎに行つたよ」
「さうお」と、おしげはむつとして見せたくなつて、急にそつけなくすると他のお客のテーブルへ行つた。
それでもまた、お銚子を運ぶのにことよせて、秀一に話しかけてゐた。
「ねえ」と云つたが、何も云ふことはなかつた、――「雨はやんだか知ら」と、表へ飛び出して、あら、あがつちやつたと云つて、いけない、旦那との口約束があると思ひ出すのであつた。
「――いやに、しけ込んだね」
「憂欝なのさ」
「ふん、憂欝か、――君でもね」
「あんたなんか私のことを知らないよ」
暫くすると、秀一は酔つて、癖で次第に青くなつてゐた、おしげは、その酔ひが今夜は彼女にも移つてきたやうに思はれた。
「もつと、お飲みよ」
「無理しないがいいわ、ぢやないのか、――飲むよ」
お酌して、ねえ、とまた云つた。
「ねえ、――私、母あちやんて人はあばずれだと思ふわ」
何を云ひ出すのかと、秀一は、あばずれか、とをかしがつた。
「――笑ひごとぢやなくつてよ、――秀ちやんなんか、母あちやんに凝《こ》つちや駄目よ」
彼は、凝つちや駄目かね、と繰りかへした。
「本当よ」と、じれつたさうに、おしげは力を入れた、「だから――」
「だから、何だ」
「だから、さ、だからと云つたら――」
おしげは口惜
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