と云つて寄こした。「グリツプ」(一度返済したくせにワザとかつこ[#「かつこ」に傍点]してさう書いて寄こした。)は丈夫だが、今だに一つも言葉を覚へないなどゝ云つて寄こしたこともある。夫が一生懸命で教へ[#「教へ」に傍点]初めたが何の効めもなくて可笑しい、などゝイヽ気なことを書いて寄こした。私は今だにあんな鸚鵡を飼つてそれを道具にして皮肉な微笑を洩らしたりしてゐるFを心憎く思つたり、また嫁入りするにもあれ[#「あれ」に傍点]をたづさへて行つたFの心持を寂しく解釈して、Fの家庭で、Fが独りで窓枠の怠け鸚鵡と打ち語らふやうな退屈の時が無いやうに祈つてやつたりもするのだ。さう思ふと私もこの頃時々あの鸚鵡を思ひ出し、それを自分の傍に見出せないことを大変物足りなく思ふ時が多い。
     ――――――――――
 斯ういふ気持で、斯ういふ文章を書いたことがなく、また何を書いていゝか? も解らず、初め、此間地震見舞の手紙をFから貰つて簡単なハガキしか出して置かなかつたから、斯んな時に少しは詳しく手紙のかたちで此方の自分のことや、Fの幸福を祈つてゐることなどを書いて、こゝに出さうかとも思つたが、考へたゞけでそれは堪まらない感傷文に陥りさうな気がするので止めてしまつた。勿論Fへ――も。



底本:「牧野信一全集第二巻」筑摩書房
   2002(平成14)年3月24日初版第1刷
底本の親本:「都新聞 第一二九八六号〜第一二九八九号」都新聞社
   1924(大正13)年2月23日〜26日
初出:「都新聞 第一二九八六号〜第一二九八九号」都新聞社
   1924(大正13)年2月23日〜26日
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年5月23日作成
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