て、何を教へても少しも覚えないと滾《こぼ》してゐたので、私はさういふ名前を与へたのだつた。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 その翌日から私はもうFの家を訪れてもグリツプの傍には寄らなかつた。Fを庭にも部屋にも見出せずに、手持無沙汰の時には、アマさんに秘かに頼んで、Fの親父が飲用するウヰスキイを貰つてチビ/\と飲んだ。――。
「怠け鸚鵡」は何時でも、窓枠の置かれた籠の中から私の方を横目で睨んでゐた。
「貴様とはもう一切口をきかないぞ。」私も睨み返してさう云つてやつた。Fにあんな風に発見されてテレ臭くもあり、業腹でもあつたので、頭から否定してやつたのだが、ほんとは私は、Fの云つた通りこいつ[#「こいつ」に傍点]に一言ことば[#「ことば」に傍点]を教へてやらうと思つてゐたのだつた。
 何と? ――それは、ちよつとこゝでは云ひにくい!
 この頃私は、友達からも認められる程の酒飲みになつた。私は、洋酒は嫌ひで日本酒ばかり飲む。二度、私はFの部屋で独りでウヰスキーを飲み過して、泥酔して、Fに発見されて、一度は髪の毛を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]られ、一度はFが鸚鵡の籠を床に叩きつけて、大いに私の将来を諫めたことがあつた。――こんな下らないことを書くと私といふ青年が、いかにも以前は西洋かぶれのした不良少年だつたやうに響くかも知れないが、それは弁明しておきたい。それには私がどうして[#「どうして」に傍点]F一家と友達になつたか? こゝに書いた以外の点ではどんなに私がFの善良な友達であつたか? そして私は日本旧式のどんな家庭に育ちその保守的で消極的である教育にどれ程感化されてゐたか? を一言すればいゝんだが、冗言に陥ることをおそれるから省くが――。
 ともかくあの[#「あの」に傍点]鸚鵡は、それから一年あまり、F一家が帰国する迄私の目ざわりだつたが、遂々《とう/\》人間の言葉を唯の一言も覚えなかつた。たゞ今でも一寸私の気になるのは、或日私もFの真似をして鍵穴からそつと覗いて見たら、Fが懸命に鸚鵡に何か教へてゐたことだつた。何と? 教へてゐたか、聞えなかつたが、どうもFの口つきが LAZY BOY! LAZY BOY! と動いてゐたやうに思はれてならない。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 Fからは一年に二度位は手紙が来る。去年の春、結婚した
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