てゐる彼等の会話は、英語で話されてゐるのを、筆者が和文に書き換へたものと想像されたい。)
「これらのチヤムピオン・ストーリイは、どうも二人にとつて煩雑過ぎるやうであるから、寧ろ僕等の国の尋常読本をテキストに選ばうか――そして、今迄の本では僕が君に依つて発音法を習ふテキスト・ブツクとしようではないか。」
 などと彼は申し出た。彼は、フロラの椅子の片端に凭りかゝつて、フロラの膝に翻つてゐるフエアリイ・ブツクの画を見てゐた。――城は七つの窓を持つてゐる。騎士はそのうちの一つの窓に、間もなく点《とも》るであらうランプの光りを待たなければならなかつた。ブラツク・キングと称する化物に囚はれの身になつてゐる恋人を、騎士は救《たす》け出しに来たのである。ランプが点る部屋に恋人が閉されてゐる筈であつた。
「では、あたしが読み続けよう。――そして、今度はあたしが先生なのよ。だからあたしの生徒は先生の音読に従つて忠実に発音法を練習しなければならないよ。」
「よろしい。」
 生徒は、先生の肩に腕をかけて教科書を眺めてゐた。

     二

 ゆうべ思はず夜更しをしてしまつて彼は眼醒時計が鳴つたのも知らなかつた。
「起きあがらないと、入つて行くかも知れないよ。お起きなさいよ、――オートミールが冷えてしまふ――」
 フロラの烈しいノツクで彼は、漸く目を醒した。
「今、顔を洗つてゐるところなのさ。――五分間待つてお呉れな。」
「その猶予が惜しまれるのよ、だつて突然の事件が起つたんですもの。」
「…………」
「では扉《ドアー》越しに云ふわ――。グリツプが――ね。」
 とフロラは叫んだ。グリツプといふのは、あの唖鸚鵡の綽名である。「グリツプが今朝あたしの枕もとで、突然一つの言葉を発したのよ!」
 学生は慌てゝ身じまひをして、廊下へ飛び出した。そして、
「ほんとうなの! 何んな?」
 と、驚きの意味でフロラの両肩を握んで、
「それは、たしかに一事件に違ひないな!」
 と唸つた。
「…………」
 フロラは、何故かあかい顔をして学生の顔を見返してゐたが、切なさを辛《こら》へるぎごちなさを振り切るやうにして、
「あたしの部屋へ行かう――」
 と叫びながら、学生の部屋と反対側にある東向きの自分のアパートへ駈け込んだ。
 フロラの部屋の窓には爽々《すが/\》しい朝陽が綺麗に当つてゐた。グリツプは、窓台の上の籠
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