の壜の並んでゐる棚を眺めてゐた。
「どれでも、よろしいのを御遠慮なく召しあがつて下さいませんか、お望みなら私がシエカアを振つてお目にかけませうか、私はひと頃欧洲航路の船でバア・テンをやつてゐたこともあるんですから、腕は相当自慢の値打ちがあるつもりなんですがね。」
 云ひながら堀田は、新しいウヰスキイの栓を抜いて、益々愛嬌よく兵野にすゝめるのであつた。
「それとも酔醒めの口あたりにはアブサンが好いでせうかな。」
 兵野は酒の智識に欠けてゐたので、ぼんやりしてゐると堀田は、いとも小器用な手つきでまた別の壜の栓を抜いたり、水のコツプを並べたりしてもてなすのであつた。
 さつき居酒屋の娘から、あなたは法学士のくせになどゝ云はれてゐたがバア・テンダアの経験があるなんて、仲々の苦労人と見へるな――と兵野は思つた。
 もともと一般の酒呑みの通有性で、醒めたとなると人一倍遠慮深い兵野は、歓待されゝばされる程気まりが悪くなつてきてやりきれなくなつたので、一気に酔つてしまはう、そして酔つた紛れに辞退しようと覚悟して、次々にグラスを傾けた。
「やあ、俺は――うちに客のあることをすつかり忘れてしまつたよ。斯う
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