」
と彼はつゞけた。――「僕は一度で好いから、何うかして監獄といふところへ入つて見たいと思ふんだがね。何処に居たつて何うせ君、この人生は寂しくてやりきれないんなら、いつそ監獄に囚はれたら、寧ろどつしりとした落莫の底に落着きを見出せて、屹度得るところがあらうと思ふんだ。僕は、そこで一篇の詩をつくりたい……」
「君は詩をつくつてゐるの?」
「詩人なんだ、僕は――」
堀田は亢奮の声をあげて、
「牢屋へ行きたい、牢屋へ行きたい――」
などゝ叫んだ。
兵野は吃驚りして、慌てゝ堀田の口腔《くち》を塞いだ。
もう町は一帯に寝沈まつて、霧が深く閉してゐた。
「もう何処まで行つたつて、起きてゐさうな店なんてなさゝうぢやないか、別れるとしようか。」
兵野は、少々白々しくなつて、ためらひだすと、
「なアに、これから僕の住家《うち》まで行つて、明方まで飲むんだ。」
堀田は、しつかりと伴れの腕をおさへたまゝ車《タクシー》を呼び止めた。
兵野は、車に乗るといち時に酔が発して、うとうとゝしたので、車が何処を何う走つて、何処で降りたかもうろ覚えであつたが、醒めて見ると、小机を前にして盃を執つてゐる堀田
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