風習であつたのかといふことも私は、凧に就いては聞き洩したので今でも何らの知識はない。花々しい凧上げの日の記憶が、たゞ漠然と残つてゐるばかりである。それにしてもあれ程凄まじかつた伝来の流行が、今はもう全くの昔の夢になつたのかと思ふと若い私は可怪《をか》しな気がする。
「ほう! そんな凧が流行したことがあつたのかね、この辺で――」
故郷の同じ町にゐる私と同年の青年ですら、私が一寸した興味から詳しいことを知りたくなつて凧のことを訊ねたら、反《かへ》つて私が法螺でも吹いてゐるんぢやないかといふ風に空々し気な眼を輝かせてゐた。「ほんの一部分の風習だつたのだらうね。それが子供の君の眼には世界中のお祭りのやうに映つたのさ。君の子供の頃まで、それ程にも未開な区域が残つてゐたのかねえ。」
「B村には僕の親類があつたのだが、あの村などは一層烈しかつたぜ。僕は祖母や母に伴れられて遥々と凧見物に出かけたものだ。」
「B村と云へば、あの村は中央電車鉄道に買収されて、電車道になつてしまつたな。」
「B村が!」と私は叫んだ。
「あれを知らないの? 今は家なんて一軒もあるまい。B村なんて名称も残つてゐるかどうか。」
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