意匠のまゝであげてゐるんだが――」と母は、私の肩に手をかけながら祖母に話しかけてゐた。
「それでもあの方が反つて毎年の手入れは厄介なんだつて。その代り凧としては一年増に具合は好くなるばかりです。あそこでは張り合ひなんぞは一度だつてしたことはないが、釣合ひの好い、出来る限り上りの好い凧にするやうに究めるのが、おぢいさんの望みだつたんだよ。」
 私は、青野の悴のFと一処に見物してゐたのだが、他所のやうに花々しくはないが知り合ひの家がさういふ勝れた凧の持主であるといふだけでも何となく肩身の広い思ひがあつた。
「青野でも今ではFさんと妹と二人ぎりになつたので、二人とも主に東京に住んでゐるさうだがお前は会つたことがあるの、向方で?」
 つい、此間の晩母と私は、月を仰いで夕涼みをしながら斯んな会話をやりとりした。
「お前が居なくつても家には時々来るよ。」
「さう……」
「だけど何時でも云ふことが違つてゐるので何だか案ぜられてならない!」
「どんな風に?」
「田舎に引き籠つてもう暫らく研究をするんだと云つたかと思へば、突然その翌日来ると一ト月ばかりの予定で東北の旅行に行つて来るといふいとま乞ひ!」
「おや、ぢや今は留守かしら?」
「此方に? それあ、だつて普段は東京――。東京では務めに出てゐるとは云つてゐるが?」
「…………」
「大変なお酒飲みになつたといふ話だが?」
「…………」
「あの子は理科だつたね。」
「えゝ、僕よりも一年先きに大学のそれを出てゐる。」
「さうかと思ふと、斯うしては居られない、斯んな風に愚図々々と遊んでゐたひには……」
「…………」
「とう/\屋敷も取られちやつたよ、なんて笑つてはゐるが。」
「とう/\!」と私は、思はず眼を丸くして口真似した。そして、口のうちで意久地なく呟いだ。「チヨツ、何処まで俺に好く似てゐるんだらう!」
 ――質問した私が、あべこべに説明者の位置に立せられて答案した、凧の極く大ざつぱな構造をその儘私は此処で述べるつもりだつたのが、その時もさうだつた通りまた私は余計な感情に走つて無駄な努力を込め過ぎてしまつたらしい。青野に関する母と私の会話は永々と続いたのであるが緒口だけで絶つて置かう。
 別の晩であつた。ふとしたことから母と私はあの凧に関する思ひ出噺に新しく花を咲かせた。夜か十二時に近くなる頃から私は、突然凧の熱心な研究家に変つた。手
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