の疲勞のあまりわたしは作業臺に突伏してうとうととしてしまつたのであつた――と、突然、大分呂律の回らぬ怪し氣な大聲で
「おーい、たゞ今あ……」
と怒鳴ると同時に門口の格子が荒々しく開いて、時を移さず、あの別れの歌を叫びながら、見も知らぬ一人の水兵がわたしの部屋へ轉げ込んだのであつた。彼の眼は大醉に据つて、碌々わたしの姿も見ず
「おゝ、大塚、貴樣感心に何時でも机に向つて勉強しとるな。邪魔したら濟まんが、俺は今晩こそは大分醉つてしまつたぞ。ウーツ、失敬、直ぐに寢るから御免よ。」
と云ひも終らず、さすがに服だけは脱ぐと、いきなり卓子の下に伸べてあるわたしの寢床に潜り込み、やをら頭からすつぽりと毛布を引き被つたかと見ると、忽ちごうツといふ大鼾だつた。わたしの被着《かひまき》は、これも錨の印のあざやかな純白の海軍毛布だつた。
云ふまでもなく、門口の具合と云ひ、梯子段の在所と云ひ、並んだ家のかたちは寸分違はぬので、更にまた坊主頭のわたしが作業服を着てゐる有樣から、水兵は有無なく自分の合宿と間違へたのである。――わたしは寄んどころなく、その隣にもう一つ同じようなベツドをつくつて、靜かに燈りを消し
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