つきり誰も手も附けずに箱の中にたゝずむでゐる筈だが、一体今頃は何んな着物を着てゐるだらうか――不図そんなことが気にかゝつた。
 皆なは、そんな途方もない思ひ付きに烏頂天になつて――俺は、やつぱり裃の殿様に扮りたいね――とか、そんなら俺は鎧甲の軍人《いくさにん》が好い――ぢや俺は前髪姿の愛々《うひ/\》しいお小姓になるぞ、お白粉を真ツ白に塗つたら見直せるだらう――とか、さう大名ばつかりが多くては芝居にはならないから、誰か、せめて敵役を買つて出ろよ、蛇の目の傘を構へた定九郎がダンスを演るなんて仲々持つて粋だらうぜ――などゝ、とりとめもなくざわめいてゐた。

     二

 雪江は、ひとりそつと抜け出して蔵の二階に来て見た。窓側に在る人形の箱の前に来て丁度唐紙程の大きさのけんどん[#「けんどん」に傍点]になつてゐる蓋をとつて見ると、人形は三枚重ねの冬の衣裳だつたが、金泥に唐獅子が舞つてゐる丸帯が解けて脚元にからまつてゐた。そして、お納戸地に緋の源氏車をあしらつた裾模様の振袖を、着換への途中でゝもあるかのやうにふわりと肩に羽織りかけて、艶やかな夜桜ときらびやかな般若の舞姿を背から胸へ、それか
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