挿話《エピソード》があるらしいが、未だそこまでも手がとゞいてゐないが……」
と何やら口のうちでぶつ/\云つてゐたかと思ふと、その時じやんけんの連中がどつと笑ひ崩れて、三谷が皆なに圧し出されてゐるのを見ると、
「僕が、ぢや代つてやらう、三谷君――あの葡萄酒ぢや僕はつまらんから、僕はほんとうの酒持つて来たいから……」
滝尾は、得たりと云はんばかりの気勢で穴蔵行の役目を買つて出た。
「それぢや、僕が恐縮ですから、ぢや僕が提灯持ちになりませう、滝尾さん。」
「なあに――」
と滝尾は偉さうに胸を張り出して、大股で出て行つた。「平気だとも――その間に此方の用意をして置き給へよ。」
滝尾の足音が渡り廊下に消えて行くのに雪江は耳を傾けてゐた。――そして、人形と滝尾の姿を想像してゐると、雪江は急にむせつぽいやうな目眩《めまぐる》しさを覚へた。
何時も話だけで、思ひ/\の着想に酔つて、それつきりになつてしまふが今夜こそは、あの仮装舞踏会を是非とも実現させようではないか――。
「ねえ、雪江さん――あなたが先づ振袖姿の舞姫に扮つて……」
「さうだ。斯んなじめ/\と雨ばかり降り続いてゐる晩だし――これぢや世間に聞える憂ひもなし――ひとつ、海棠屋敷の花見の宴の真似事を仕様ぢやないか――」
池部も一処になつて、
「そいつは案外面白いかも知れない。そして、皆なそろつて写真を撮らうぢやないか。」などゝ浮れ出した。
「ぢや、妾も賛成するわ。」
と雪江も同意した。「ついでに妾の踊りを、おのおの方に見せてあげるわね。お囃子は蓄音機で間に合ふでせう。」
皆な、鬨の声を挙げて仕度にとりかゝつた処へ滝尾が酒樽を担いで戻つて来た。
「大変なことになつてしまつたよ、滝尾――ほんとうに仮装舞踏会を始めるんだつてさ。」
皆ながバラ/\と蔵の中へ駆け込んで行くと池部が、面白さうに滝尾に呼びかけた。
「君は何に扮る?」
「二人は、まあ、たゞの見物人にして貰はうぢやないか。」
と池部がテレた笑ひを浮べると、滝尾は反対して、ともかく裃は着て、長袴を、そろつと穿いて見ようぢやないか! と主張した。
池部は、苦笑しながら酒樽を勝手もとの方へ運び走つた。
四
泉水に面した広間に二列に膳を並べて、芝居の様な夜会をはじめた。いつの間にか人数が増へておよそ十四五人もの大名が、ずらりと両側に陣取つて、皆
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