の窓が月明りで白く滲んでゐた。彼は、海辺の部屋に居るやうな気がしてならなかつた。――幼時、春になると、そして月夜の晩には、母は屹度彼を誘つて海へ降りた。――そして彼女は、唱歌を歌つた。私が十を数へる間に、あの舟の処まで駆けて行つて御覧などゝ云つて彼女は、彼を走らせた。彼が、離れるに伴れて、彼女は数へる声を大きくした、そして、一つ一つ間を長くして、九ツに至つた時、未だ彼が夢中で駆けてゐると、彼が擽ツたく思ふ程、待つて、彼の手が舟にさわると同時に、
「十ウ――」と、余韻を長く叫んだ。
「今度は其処から……」と彼女は、云つて、また彼が、夢中で駆けて、母の側に着いた時「十ウ――」と叫んだ。――「今度は、二十にするから一本の脚で飛んでお覧な、往きは右で、復りは左……」
そんな遊びをして、夜を更した。一本の脚の時は、大抵彼は、復りの途中で疲労して、砂の上に転んで起きなかつた。
つい此間彼は、母から、――此方が女だと思つて馬鹿にして、何辺脚を運んでも、取るべき処から取るものも取れない、その上××店の主人などは、酷い嘲笑を与へた、そんなことには慣れないので沁々口惜しく、と云つてお前にはこの代りは出
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