四時起床を決心せり――などゝ誌し、翌日は麗々と正に――午前四時、眼醒時計の快音と共に離床、夜来の雨未だ晴れず、函山は遠く暮靄の彼方に没し、四囲寂として声なし、たゞ雨滴の音のみ我れに何事をか囁くに似たり、我れ思はず応と快哉を叫び、俄然釣籠を執りて冷浴十度、この日終日精神爽かにして参考書出題の幾何学十余題を解きたり――などゝいふ風に、幾種かの日録を作成した、だが五十日間を、夫々捏造する程の困難には打ち勝てなかつた。で、幾つかのさういふ記録を天候に準じて都合好く配列し、その間に、凡庸に規則に当てはまつた、例へば――五時起床、冷浴、機械体操及び軍用ラツパの練習後、午近くまで宿題を検べ、午後水泳に赴く、夕食後一時間海岸散歩、六時半帰宅、八時就寝――といふやうなことを書き、翌日は――前日に同じ、とか――前日の行動と同一なりき――とかといふ風に誌して、それが殆ど全日録の三分の一を占めたのである。
 新学期になると間もなく、彼等(自称正義党員)は生徒監の許に呼ばれた。その年から「夏期休暇中、学生行動調査録」といふ調書が出来てゐたのであつた。生徒監数名が当番を定めて、日夜市中を探偵し、その上秘かに父兄を
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