「地上で、毎晩々々斯んな風なドンチヤン騒ぎを演じてゐたら、地の霊が好奇心を起して青い炎を噴き出しはしなからうか、といふのがこの祭りの主旨ださうだがね。」
「昨夜のページェントでは、悪魔と悪魔の格闘の場面がクライマックスだつたけれど、あれは一体何ういふ結末を吾々に予想さすための主題だつたのか知ら?」
「悪魔と悪魔でなければ、騒々しい音響が出ないではないか、悪魔同志の罵り合ひを聞かせたら、さすがの地の霊も眠りをさまたげられて怒鳴り出すであらう――といふ。然し生物のうちで、永遠に憎み合うてゐるといふのは互ひが悪魔であるといふことの証拠ださうだね。」
「あの場面にオルフェスの竪琴を伴奏につかつたところは舞台監督の奇智だつたな。」
「おお、フエス! おお、フイス! ――悪魔の格闘騒ぎで地の霊を呼び醒さうなんて、何とまあ怖しい謀みごとであらう。怖ろしい報いが来なければ好いが……俺の胸は震へて来た。あの空の無限の薄黒さにおびえずには居られない。あの空に閃めき出る光りの乱舞は、とうの昔にクリステンダムのセント・ジヨウジに退治された筈の飛竜が再び生を得て、吾等に向つて毒気を浴せかけてゐるかのやうだ。」
「フエス――だつて? ああ、さうか、愛といふ言葉であつたかね、フイス――健やかなる光り――か。何だい、馬鹿々々しい、愛とか、光りとか、そんな言葉は俺達はとうの昔に忘れてしまつてゐるよ。働くことと、享楽と――それ以外には何んな余裕もないんだからな。フエスとか、フイスとか、そんなことを云つてゐられるのは神学校の学生か、でなければ貴族のお姫様位ゐのものだらうよ。」
「君は呪はれてゐる。僕は神学生でもなければ、貴族でもない。角楯組の最も貧しい一兵卒だ、――教会堂の天気鶏の翼が未だ暁の露に沾うてゐる朝まだきに起き出でて、大隊長から小隊長までの楯と剣を磨いた後に、起床ラッパを吹き鳴らさなければならない身分の番兵だ。夜は夜で、降つても照つても、営舎の物見台に突ツ立つて、何時何処に炎えあがるかも謀り知れない青い焔のために張り番をしてゐなければならない見張番だ。何うして僕が、これだけの労役に堪へられるかといへば、兵士としての此上もない誇りを持つ他に、僕の胸を不断に沾すフイス(光)とフエス(愛)の爽々しい羽ばたきを感ずるからなのだ。」
いろいろな人々が様々な話を交しながら十字路で、堰の切れるのを待つて
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