よ……などとは書けず、また徹底的に眞面目さうな表情で、屹度結婚しようネ――などとささやいて、手などは握れなかつた。私は、あのアメリカの娘に示した態度や言葉の十分の一でも、この敬ふべき郷土の言葉をもつて驅使成し得るならば、と悲嘆に暮れた。思へば思ふほど、われわれの言葉や文字は、尊嚴に過ぎて、到底犯し得ぬ貴重なものに變つた。
 中學の四年頃(記述は前に戻るが)パジエツトといふ若い英語の先生と懇意になり、つい話しかけられると問はるるままに答へてゐた。英語の科目は凡て、終始滿點であつたが、それは當然のはなしで寧ろ濟まなく考へてゐた。何の先生とも個人的な口を利くことは絶對に嫌ひなものであつたが、パジエツトさんの場合は全く止むを得なかつたにも關はらず、いつか、毛唐となど得意さうに話して、あいつは生意氣だといふ評判が立つてしまつた。凡そ私は得意でなどはなかつたのであるが、家に戻ると娘を案内して(その時分はあんな手紙を書きもせず、特に恥しいといふことも知らぬ程度で)自轉車を竝べながらあちこちの風物などを説明しまはるのであるが、娘が呉れるネクタイを結ばなければ惡いやうな氣がして、制服を着換へてゐたのを、
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