謾yや友達や肉親から享けた素養と環境に就いて、何處を何う拔摘したならば、この機の、ヘラルド・システムに最も適當すべきか、それには畢竟三十八年幾月かの生涯を最も端的に語るべきと考へるのであるが、その力量を試し損つたのは遺憾である。――ひたすら、刀ヲキ抽テ水を[#「を」はママ]斷レバ水更ニ流レ、杯ヲ擧ゲテ愁ヲ銷サントスレバ愁更ニ愁フともいふべき焦燥にさへ驅られながら、思ひ出の走馬燈は限りもない勢ひで回轉するものの私は途すがら落花に遇つて長く歎息する面持で絶望と陶醉の島を遍歴して來たに過ぎない。
 皆な忘れて裸島へ泳ぎつき、私は日に日に漂流者の營みをもつて、あちこちに移り住んだが、わづかな風にさへ私の小屋は忽ち吹き飛んで未だに家も成さない。どうやら私の Indian Slide は運命的でもありさうだが、私は昨日の己れが絶對の姿であるとは考へたくないのである。
 落花踏ミ盡シテ何處ヘカ行ク――
 つい焦《じ》れつたくなると漢語調の歌をうたふのは、代紋《かへもん》と稱して提燈や傘などにつける紋章に梯子《はしご》の印《しるし》を付け、自烈亭居士と號して狂歌などを詠んだ祖父、そしてインデイアン・システムは父からの影響であるが、今日を限りとして私はそんな文章癖は棄却しなければならない。私はいつも自分の文章を讀み返すと、凡ての過去そのものの如く自烈つたくなるのが常である。



底本:「鬼涙村」復刻版、沖積舎
   1990(平成2)年11月5日発行
底本の親本:「鬼涙村」芝書店
   1936(昭和11)年2月25日発行
※底本で「六ケ敷い」「六ケしい」「小六ケしい」と「ケ」となっているところは、すべて「ヶ」に改めました。
※底本では、「※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]」と「廻」が混在していますが、底本通りにしてあります。
入力:地田尚
校正:小林繁雄
2002年11月10日作成
2002年11月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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