てしまふのは、おそらく狡猾で、下品なまね[#「まね」に傍点]だらうが、……」彼は聞手に頓着なく、あかくなつて独りごとを始めた。「俺は此間うちからいろいろ自分の家《うち》のことを考へてゐたんだ。親父のこと、阿母のこと、自分のこと、そして英雄《ヒデヲ》のこと……」
「あなたでも英雄《ヒデヲ》のことなんか考へることがあるの?」
「黙れ! 考へると云つたつて……」と彼は険しく細君を退けたが、今自分が云つたやうに重々しくは、家のことだつて親父のことだつて阿母のことだつて……そんなに考へてゐるわけでもない――といふ気がしたが、
「主に親父のこと……」と附け足した。「そして到頭やりきれなくなつた。」
「何が?」
「貴様とは考へることの立場が別なんだから余計なことを訊くな――今、清々としてゐるところなんだ、やりきれなくて止めたので――」
「……」周子は、ぽかんとしてゐた。
 彼は、さう云つたものゝ、浅猿《あさま》しい自分の思索を観て、醜さに堪へられなかつた。たとへ周子の前にしろ、うつかり斯んな口を利いて、己が心の邪《よこし》まな片鱗を見透されはしなかつたらうか、などゝいふ気がして更に邪まな自己嫌悪に陥
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