側の日向で、十日ばかし前からやつと歩き始めた子供の守をしてゐた。梅の花びらが散りこぼれてくると、子供はいかにも不思議さうに凝《ぢつ》と立ち止まつて眼を視張つてゐた。周子はその態《さま》をしげしげと打ち眺めて、
「この子は屹度悧口な子供に違ひない。」と呟いた。そして思はず苦笑を洩した。何故なら彼女はさう思つた時すぐに――少くともこの子の父や祖父よりは――といふ比較が浮んだからだつた。
 彼女の夫は次の間の四畳半に引き籠つて、机の前で何やらごそごそと書物の音をたてたり、何か小声でぶつぶつと呟いたりしてゐた。彼はもう四五日前から、子供とも細君ともろくろく口を利かず自分の部屋にばかりもぐつてゐた。彼女は、彼が何をしてゐるのか無頓着だつた。この頃はあまり夜おそく帰ることもなく、酒に酔ひもしないので、清々といい位ゐにしか思つてゐなかつた。
 暫くすると四畳半で、
「えゝツ、くそツ!」と彼が何か疳癪を起したらしく、どんと机を叩くや、びりびりと紙を引き裂くのが聞えた。そして彼は、
「とても駄目だ。」と独り言《ご》ちながら、唐紙を開けてひよろ/\と縁側へ出て来た。
「どうなすつたの? 顔色が悪いわ。」彼
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