が何となく、たゞならぬ様子だつたから僕等は荷物を其処に置き放しにして置いて、
「何だ、何だ?」
「何うしたのだ?」
「悪漢でも現れたのか?」
などと口々に叫びながら駆け寄つた。
雑貨商の隣りは、一軒の見すぼらしい古物商であつた。――メイ子は勢急に僕の腕をとつて、そこの店の前に誘ひ、
「あれ、あなたのぢやない?」
と、片隅にある皮の袋を指差した。「あなたのラツパに違ひないわ。」
「さうだ。俺のホルンらしいな。」
私は、つまらなささうに呟いた。十年も僕が使ひ慣れた真鍮のラツパ・ホルンである。僕は、別段何の愛着も感じなかつた。が、つひ此間まで自分の所有品であつたものが、商店の店先にそんな風に転げてゐるのを見ると、つまらぬ滑稽感を覚ゆる――などと思つた。
「あの、ちよつと――お留守ですか?」
メイ子が奥に向つて呼んだ。年寄つた店の主が現れた。そして私の顔を見ると、明るい微笑を浮べて、此方が未だ何も云ひ出さないうちに、ホルンの、片端にS・Mといふローマ字が誌してある皮袋を指差して、
「これですか?」
と云つて、眼くばせをしながら何が可笑しいのか笑ひを堪へてゐるやうな表情をしてゐた。――その時、僕等の後ろから覗き込んでゐたTが、
「あツ――いけねえ/\。」
と呟きながら向ふ側へ逃げて行つた。
「未だ、ありますよ――あんなのが……」
主が棚を指差したので、見ると、其処には僕等の大きな手風琴が、「金三円也」といふ正札を貼られて、載せてあつた。背中から十文字に皮のバンドで吊してから弾奏するといふやうな大変時代おくれのハンド・オルガンである。
「二つとも、借りてつても好い――をぢさん。」
「どうせ、売れやしないでせう。今度お金のあつた時に直ぐに払ふわ。」
メイ子と細君は、僕が、止めた方が好いだらうと遠慮したにも関はらず、主に向つて虫の好い買戻しの交渉をはじめた。そして直ぐに交渉は、まとまつた。
楽器を携へた僕等がTに追ひついて、
「未だ馬車は来ないの、もう通つてしまつたんぢやないか知ら?」
と不安心の問を浴せると、Tはそれには答へずに赤い顔をしながら弁解した。
「正札を貼りつけるなんて、何といふ皮肉な親爺だらう。失敬な――。直ぐに取りに来るからといふ約束で僕は、預けて置いたのに――」
「それでTさんは、町のカフエーに遊びに行つたの?」と細君も意地悪を云つた。
皆
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