惚れとは恰《まる》で反対に、白々しく快活に照子は笑ひました。
「まア、こゝへお坐りよ。」と私は、彼女を自分の傍に坐らせたがつて、先づ自分がさう云ひながらどつかりと坐りましたが、女が相手にしませんので、と同時に、また立ち上りました。で私は、石を拾ひながら、この気分動作の敗北を取り返す為に急に冷かに、
「何か用なのかい?」と反方《そつぽう》を向いて呟きました。
「だつて、もう十一時すぎよ!」
「十一時が、どうしたんだい。」
 私は、拾つた石を力一杯水の上に投げました、波打際の先きで石は、小魚がはねたやうにキラリと光つて消えました。
「妾だつて、それつ位ゐ……」
 ふと負けん気な照子は、石を拾ひ、私に真似て、でも女らしく腕だけで「ヨツ!」と叫んで投げました。勿論私の投げた半分にもとゞきません。
「バカ!」と私は、冷笑しました。だが私は、見物を意識に容れて、だがそれとなく得意気に、鮮やかなモーシヨンを取つて、二つも三つも続けて投げました。水面を転がるやうにかすつて石は飛んだ。
「もうお止めよ。」と照子は、云ひましたが、私はワザともう一つ石を投げてから、
「どこかから手紙は来なかつた?」と訊ねました。
 照子は砂の上に腰を降しながら、
「一つ来てゐたわ、お友達でせう。」と云ひました。
 私も腰を降さうとしましたが、照子の必要な返事以外の言葉に一寸機嫌を損じて、返事もせずに石を投げてゐました。
「箪笥の上に双眼鏡があつたので、妾さつきから二階で此方を見てゐたのよ。バカね、眠つてゐたの、こんなとこで……」
 突然照子に斯う云はれて私は、酷《ひど》くうろたへました。
「まさか……」
 私は、投げるには不適当な丸味のある小石を思はず拾つて、力を込めて投げました。石は波打際までもとゞかずに濡れた砂地に落ちました。小さな波が一つ覆《かぶ》さつて引いた時には石は見えませんでした。
「それでもいくらか考へごとなんてあるの。」
「たんとみくびる[#「みくびる」に傍点]が好いさ、どうせ俺の考へてゐることなんて、照ちやんたア違ふんだからね。」
「チエツ、チエツ!、だ。思はせ振り……。妾、今朝歌を三つ程作つてよ。」
「ほう、偉いね、どんなの?」と私は仰山に驚いて見せながら、照子の傍に漸く坐りました。
「云つたつて解りもしないくせに……」
「まア、いゝからさ。」
 私は、恋人と何か甘い囁きでも交してゐ
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング