これで行くと家に着くのは夜中の十二時頃にもなるだらうから、出直さうか、明日に? そして今晩は街の方へ見物に行つて見ようか? と、妻を顧みて相談をかけると彼女は、神経的に首を振つた。拒んだのだ。
「今日、行き損ふと大変よ。」
「だけど、明日だつて……」
 汽車に乗るのは殆ど半年振りだつた。乗つたと云つても、この前もやつぱりヲダハラまでゝある。東京から。
 何も厭なわけはないのだが、あの△△線を曲らずに真つ直ぐ急行列車で通り過ぎたら、どうだらう? 降りたくなるだらうか?
「それあ降りたくなるだらう。」と思つた。思想的にもそんな感傷に病らはされてゐる気もする。
「飯を食ふには時間が足りないやうな気もするし……」
「二時間もあるのに!」
「いや、何だか厭なやうな……」
「ぢやあ二時間も斯うやつて立つてゐるの?」
「だから、よう……」
「帰つてからも飲むつもりなの?」妻は酒のことを云つた。一寸と不安な眼つきで。
「どうしてそんな風に、直ぐにそんなことを訊くのかなあ!」
「…………」
「それにしても二時間では半端だな? 何か斯う?」
「あそこが丸ビルか知ら?」
「一層、もつと遠い旅だと反つて
前へ 次へ
全23ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング