具合に従つて仕事に取りかゝるのを順序としてゐた。納戸から三階になつて屋根裏の一角に達する階段を登り詰めると、草葺を四角に凡そ一坪程に切り展いた封建時代の展望台に達する。武一は此処を鳩舎に用ひてゐた。若しも彼等の潜入に不首尾の日には、百合子は此処に赤旗を掲げた。旗は鳩の訓練用に使ふものだつたから誰も怪しむ者はない筈であつた。赤旗を見出した日には彼等は、その儘村の道場に赴いて剣術の練習に終り、折好く夕暮時の鳩舎に赤旗の影が見えないとなると一同の者は塚本の鍛冶屋店に引き返して、暮色を待つた後に出発するのであつた。万一の場合を慮つて剣術道具に身を固めて竹刀をひつさげて忍び込むのを常例としてゐた。
「堀口と太一が今迄お酒を飲んでガヤ/\やつてゐたけれど、すつかり寝込んでしまつたからもう大丈夫だわよ。」
納戸の窓から差し出された雪洞の灯が大きな円を描いた。首尾好しとばかりに躍りあがつて乗り込んで行つた夜盗達を、眼下に、百合子が廊下の窓から雪洞を翳して乗り出しながら囁いた。十日ばかり前の薄曇りのした晩で、期節外れの蛍が時たまに瞬いてゐた。洋服の上からひつかけた牡丹色の羽織の袖で灯りのゆらめきを気遣ひながら、顔のまはりをぼんやりと明るくしてゐる百合子の断髪の姿が、あたりの様子と却つて不思議な調和をしてゐる見たいな、絵のやうな奇異の感に打たれて滝本は、茫然と見惚れてゐた。
「うたゝねなんだらう。何時目を醒すか解りやしなからう。」
武一が念を圧すと、百合子は急に豊かな得意さうな微笑を湛へて、
「それがね、大丈夫なのよ。妾が試しに顔に水を吹つかけても身じろぎもしないで二人とも死んだ見たいよ。……ベロナールを粉にして、そつと徳利の中に溶し込んでやつたのよ。それがすつかり利目が廻つてしまつたの!」
と説明した。皆なは百合子の気転に舌を巻いて思はず会心の顔を見合せた。その間に、蔵の前にすゝみ寄つた百合子は、難なく扉を開けながら、未だ廊下の片隅にうろ/\してゐる仲間を促した。そして、一同を中に招じ入れて扉をもとのやうに閉ぢると、
「さあ、もう大丈夫よ。何んな声で話し合つても平気だわ。」
と百合子は雪洞を高く差しあげて、これ位の大きな声を挙げても平気だといふことを披露するために、反響《やまびこ》を面白がる子供のやうに――「こんばんわ!」などゝ叫んだ。それが屋根裏の辺に響いて、こだまとなつた。
蔵の中には、様々な鳥類や獣の剥製が何十個ともなく彼方此方の棚や長持や鎧櫃の上などに処関はず置き並べてあつた。それらのコレクシヨンは百合子等の父親の青年時分からの丹精である。森氏は自家に飼つた動物が斃れると、その姿を剥製にして保存するのが習慣だつた。
鎧櫃の上で、翼を拡げてゐる大鷲は、裏籔の巴旦杏の梢で森氏が十年ばかり前に生捕りにしたものである。大鷲は青大将と格闘して気絶したところを捕獲されて、築山の亭に久しい間飼はれてゐたことを滝本は憶えてゐるが、何時死んだのかは知らなかつた。大黒柱の蔭にたゝずむでゐる一番ひの丹頂は、これは未だに庭先に遊んでゐるのかとばかり滝本は思つてゐたのに、何時の間にか剥製になつてゐた。塀を乗り越へて鶴の舎の傍らに隠れてゐたが、今が今迄滝本はその舎が空屋であつたといふことは知らなかつた。長持の上には何時か武一が飼つたことのある大木兎や、太一郎に打たれたネープの仲間達、それから滝本が、いわれ[#「いわれ」に傍点]を知らぬ一頭の狐が、野兎、山鳥、家鴨、その他様々な家畜頬と無茶苦茶に雑居してゐる。滝本にとても深くなついてゐたセントバーナードの「ジヤツキ」が大きな花瓶の傍らに立つてゐた。滝本は、立ちどまつて思はずジヤツキの頭に手を触れずには居られなかつた。また傍らの鶯の籠をのぞいて見ると、その中には百合子達の亡くなつた母のペツトであつた「タチバナ」が、杖から技へ飛び降りようと身構へてゐた。百合子が子供の頃に飼つた悪戯鸚鵡の「ミンミー」が鹿の角の刀掛けにとまつてゐるかと思ふと、古典版のブリタニカの書棚の前では印度産の大孔雀が、見事に翼を拡げてゐた。これは嘗て森氏が友達の海軍将校から贈られたもので、村に着いた当座は見物人が群がり寄せて大変な騒ぎであつた。
それらの物体の影が、百合子の揺り動かす雪洞に伴れて伸びたり縮んだりした。さうかと思ふと、斯んな金目にならぬガラクタには眼も呉れずに踏み越へて行く夜盗達が、懐中電灯をピカ/\と振り回しながら脚元を照らしたり、隅々を見とゞけたりする毎に、それらの動物が闇の中から稲妻を浴びて飛び出すかのやうに映つた。――彼等は、二階から三階へおし上つて今日こそは最も運び出し憎い重荷を持出さうと決めたのである。
滝本は階段の昇り口で見栄を切つてゐる仁王の像の傍らから、手にする電気の光りを放ちながら動物達の躍動する影を
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