何時にない颯爽たる様子が、恰度|往来《ゆきき》の馬を伴れた村人の真剣な眼付きに匹敵して決しておくれるところのない殺気を含んでゐた。――何処の馬の今年のコンデイシヨンは何うだ? といふ観察をするために往来の人々は互ひに疑念に富んだ眼を挙げて、互ひの馬の様子を窺ふのであつたから、事更に、敵方の油断を盗むために呑気らしく馬車を曳かせたり、枯草を積んだりしながら秘かに、着々と訓練の鞭をふるつてゐる権謀家も多かつた。だから、滝本達の一行が、そんな装ひで隊伍を組んで行くところを反つて意味あり気に打ち眺めて、
「仲々、何うも御精が出ますな!」とか、
「騎手のそろつたところは見事だが――」
馬の数が足りないであらう! などゝ嘲りを送る者もあつた。
「騎手が足りないで困つてゐる篠谷や堀口なんていふお大尽があるかと思へば、他所の馬を借り出して……」
河の淵で馬の体を洗つてゐた男が、滝本の方を向いて、そんなことを云ひかけた時、
「これがね――君!」
と滝本は傲然として云ひ返した。「都合に依つたら俺達の組ぢや、この同勢がこのまゝ今年の競馬に出るかも知れないんだぜ、此方の云ひ分次第では馬も悉く吾々のものになるといふ事にもなつてゐるんだから――」
「お前さんは、この馬が、今度堀口さんが買つた馬だつてことを知らないのかね? 馬は相当なんだが乗手がなくつて、堀口さんは血眼になつてゐるといふところさ――」
はぢめ堀口は八重を物色したのであつたが、それが失敗したので今では、滝本の実家の名前を持つてローラを呼び返して騎手に仕立てようと計画してゐる――などゝいふことを男は滝本に告げた。村では、騎手は男よりも寧ろ娘の方が歓迎されはぢめてゐた、この二三年以来――。美しい娘が、きらびやかな男姿のユニフオームをつけて競馬場に現れると観衆は万雷の拍手を浴せて、しやにむに彼女に投票を送つて、恰でレビウ見物のやうな騒ぎに酔ふのであつた。その人気に圧倒されて大枚の男達は色を失つて敗北してしまふのが例で、近頃はもう殆ど騎手は娘に限られてゐるといふ状態であつた。女流スポーツが近年世界的の人気を負ふてゐるやうに、年毎にこの村からは花々しい女流騎手が出現した。女学校でも運動課目の分科として、乗馬を奨励して、選手の養成に余念がなかつた。
滝本は、それ[#「それ」に傍点]に、たつた今気づいた。これは自分が騎手になつたつて始
前へ
次へ
全53ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング