つた。三月に、私達は父の一周忌の法要の為に戻つて以来のことである。一時あんなに仲の悪かつた母と周子が、今度は何となく表面打ち溶けてゐるのには私は、安易に思つた。私が、間に立つて彼女達から夫々相手のことを告げられるといふやうな不快さもなくなつてゐた。――まつたく何の用事も持たずに私が、周子と汽車に乗つたのは今度が初めてだつた。
 私の幼児の栄一には、私の母が何時の間にか好き祖母になつてゐた。だが私は、彼が時々大声をあげて
「おばアちやん!」と叫ぶと、奇妙に五体が縮む思ひに打たれた。そして、何となく母に気遅れを感じた。尤も私は、これに似た感情は嘗て父の場合にも経験した。栄一が生れた当座、吾家の者は殆ど口にはしなかつたが他家の人が来て、
「ホラ/\、これがお前のお爺さん!」などと云つて、赤児をその祖父の鼻先きにつきつけてゐるのを見ると、蔭で私は独りで酷くテレ臭い思ひに打たれた。何となく父に気の毒なやうな気がした。――今度も、それと殆ど同じ感情ではあつたが心の底に何か澄まぬ鬱屈があつてならなかつた。前には、簡単に説明(?)することも出来たものが、今度は何か回り道でもしないと、滅入り込んでしまひ
前へ 次へ
全78ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング