と、隱岐は左程氣がすゝみもしなかつたが、否應なく誘ひ出された。
「どうせ駄目ときまつてゐるのに、そんな顏をして机にかぢりついてゐても仕方がないぢやないの。氣分ばかり惡がつてゐたつて、それは運動不足だからぢやないの。歩いて來れば、屹度清々としてしまふわよ。」
 街にまはつて、出來あがつてゐる寫眞の燒つけなどをとつてから、もう一度家に引き返すと、彌生は靴下を脱いで、素足に重たげな庭下駄を穿いた。彼女は未だ、執拗にも例の外套を着て、兩腕で胸のあたりを堅く掻き合せるやうにしながら、酷く無器用な脚どりで砂を踏んでゐた。隱岐は、模擬革のボストンバツクをぶらさげて、彼女と肩を竝べた。
「さつき、玄さんに遇つたら――どちらへ? なんて云つたわね。東京ですか? だつてさ。」
「ちよつと左う見えたんだらう。」
「なにしろ、鞄までぶらさげて、氣取つてゐるんだからね……」
 彼女は、何が可笑しいのか、ひとりでクスクスと笑ひ出した。「寫眞屋も、そんなことを訊いてゐるのさ。あのまゝ汽車に乘つたら何うだらう。」
「え?」
「人に會つたり、喫茶店に寄つたり、それから映畫でも見たり……」
 彼女はいつまでも、ひと
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