で……」
「……ドレスや下着も、靴だつて、要心に、その中に入れて來たんだから、日光浴なんて止めにして、散歩に變へても好いけれど、着ることが出來ないわ。この分ぢや――」
「夏だと、更衣所があるんだがね。」
「何云つてんのよ、馬鹿――。しつかり、頭を働かせてよ。」
さう云つて彌生は、突き飛すやうに隱岐の背中をたゝいた。
「この邊には、舟も見あたらんな!」
「飛んだ砂漠だつたわね。――あら、いまごろあんなところで、子供が凧をあげてるわよ。こんなに、風も無いのに好くあがつたものだわね。」
「やあ、三つも、四つもあがつてやがら。ヤツコやカラス凧は、風がなくつたつて、あがるんだよ。」
隱岐は、大した六つかし氣な知識でも吹聽するかのやうな重々しい口調で、世にも愚かなことを呟きながら、水のやうな空に浮いてゐる凧を見あげて、何といふこともなしに太い吐息を衝いた。
「でも、運動になるから結構ぢやないの。具合の好いところが、見つかつたら、着ることにして、もつと勢ひ好く歩いて行つて見ようぢやないの。」
「運動不足はいかんね。歩かう。」
彼は、片方に彌生の腕を執り、左には、何も彼も一處くたに下穿までも丸め込んであるといふ鞄を大きく振りながら、歩調を合せて、さへぎるものもない廣々として[#「て」はママ]砂原を颯々と歩きはじめた。
「こんな下駄、棄てゝ、靴だけ出してよ、歩き憎いわ。」
「――穿かせてやらう、肩につかまりな。」
「サンドヰツチ、喰べようか。」
「胸が一杯だ。」
と隱岐は應へた。
底本:「鬼涙村」復刻版、沖積舎
1990(平成2)年11月5日発行
底本の親本:「鬼涙村」芝書店
1936(昭和11)年2月25日発行
※「?」や「!」のあとは普通全角1字分開けてあります。底本では空白マスがあったりなかったりしていますが、底本通りとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※底本で「ゝ」と「ゞ」を混同して使用していると思える箇所がありますが、底本通りとしました。
入力:地田尚
校正:小林繁雄
2002年11月10日作成
2003年6月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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