り、ドーランをはいて見たりするのであつた。つくつた上で、つくつてゐないやうに見えなければならない――などと注意して、睫毛に耽念なブラツシユをあてたり、眉を剃つて見たりするのであつた。
「あら……どつちがよ。」
 彌生は、細君を睨めたりしたが、細君は、その表情の動きと、化粧の具合を驗べて、自分の畫でも眺めるやうに眼を据えてゐた。
「ねえ、ちよつと起きあがつて見て呉れない、これぢや少しあくど過ぎやしないかしら?」
 彼女は隱岐を促した。彼は、顏の上に、ばつたりと本を伏せて
「俺には解らないよ。」
 と云つた。
「……、あたしの、あの、フアコートを着せてやり度いな。」
 細君は泌々と呟くのであつた。――彼女は、隱岐のアメリカの友達から贈られた可成り上等らしいビーバーの外套を持つてゐたが、殆んど手をとほしたこともなく、餘程以前から手もとには無かつた。何も彼も釣り合ひはしないから――と、さすがに細君は照れて、あきらめてゐたのであるが、この門構えの家を見た最初に、忽ち、それを着て外出する姿を浮べたのである。
「たつた四十圓で持つて來られるんだもの、何でもないぢやないの。」
 と彼女は口癖にして、隱岐を病ませてゐたが、一向それほどの段取りもつかなかつたのである。
「自分はちつとも欲しくはないんだけど、やあちやんに着せてやり度いのよ。」
「欲しいなあ……」
 彌生は深い息を衝いて憧れに滿ちた眼を輝かすのであつた。
 そのはなしになると何時も終ひには喧嘩が起つて、聞くに堪えない罵倒を浴びながらほうほうの態で逃げ出さなければならないので、隱岐はフアコートと聞くと慄然とした。
「コートだけあつたつて仕樣がないさ。第一、こんな陽氣の好い田舍の街を歩くのに、あんなものを着て歩くのは物々しいよ。」
「それが氣に喰はないのよ。理屈をつけるのは止めて欲しいわ。あなたはね、實に――」
 と細君はそろそろ昂奮した。「手前勝手な人間だわね、男らしくないよ。ひとを悦ばせて、結局自分も悦ばうといふ風な大きさぐらひは、誰だつて持つてゐるのが普通よ。實に、低級な自分勝手しかしらない憐れな人間だわ。」
「左うよ/\!」
 と彌生も眞面目になるのであつた。「自分で自分をごまかしてゐるのよ、狡いんだわ、そして度胸が無いんだ。」
「だから、何事につけても、やるならやるで、思ひ切りやり通すといふことも出來やしないぢやない
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