いやうなつくり声で、
「気の毒だけれど、これは駄目だ――まるで、ばく然たるものぢやないか……」
 と、にやにやしながら、すいと駒を横に寄せると私の先手は、綺麗にはさまれてゐるのである。私は、ぎくりとして階段型の陣容を改めて鳥瞰して見ると、その順で行けば、次々と一つづつ私の兵士は滅亡して行くより他はない悲惨な状態だつた。
「ちよい、ちよい――と!」
 守吉は、はやし立てながら、まつたく、ちよいちよいと難なく私の軍兵は次々に馘られる始末だつた。
「ばんざあい! 二万八千円だツ!」
「…………」
 私の首は、ごろりと畳に転げてしまつた。妙なもので、斯う執拗に攻めたてられると、その莫大な金額がそのまゝ夢ともつかずに犇々と私を怯やかせた。さうかと思ふと私は、債権者としての田舎に於ける自分の名前を今更のやうに思ひ出したり、私の山や田畑をめぐつて幾人もの強慾者連が、血で血を洗ふ暗闘を巻き起した光景などが、虚空のスクリインにまざまざと展開されたりした。
「さあ、この始末は何うして呉れますかね、もしもし、おさむらひ、たしかな返事を伺はせて貰ひてえものですな。」
 守吉の科白は、尻あがりに物凄気な殺気を含んで、或ひは毒々しい皮肉の口吻を突き出して、
「これは、何うも恰でばく然たるものだ。」
 と、厳かに不平の唸りを挙げた。その時私は、その守吉が唸る韻を踏んでゐる見たいな言葉が、近頃私が酔つた時の口癖であるのに私は気づいた。この口癖の原因を私は探つて見ると、たしかにそれは田舎の財政上の騒動の頃に端を発してゐると見られた。私はその頃、そんな呟きより他に言葉がなくて、やけ酒をあほりながら憤懣を充してゐたと見えるのだ。それが、また、すつかり私の口癖になつてしまつて、今でも私は稍ともすればその言葉を呟くのが習慣だつた。いつの間にか守吉は、そんな私の口癖を聞き覚えたと見える。声色ばかりでなしに、私がそれを唸る場合の眼の据ゑ方から口の歪めなりや、首の振り具合までも守吉は巧みに模倣してゐたが、今は有頂点のあまり自身が、当のモデルの前で、モデルのしぐさを真似てゐるといふことさへ気づかぬ風で、唸つたかと思ふと、ぽん/\と額を叩いてやにさがつたり、果ては、物凄いひよつとこ口をにゆつとばかりに私の鼻先へ突き出すが如き示威の有様だつた。
「おさむらひ――まるで漠然たる……」
「…………」
「あツ、痛てえツ、打つ
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