自由に借りることが出来る村の居酒屋のドリアンといふ馬に、テント及び炊事道具、調味料、鉄砲、手風琴、酒、十キロの米――等を積み、私が、トランプを切つて方角を定め、西北方、ヤグラ岳と称ばるゝ木立の深い山を目差して発足した。
村境ひの橋のたもとで――。私達は居酒屋の娘に屡《しば》しの別れを告げに行つた学生の三原を待つた。間もなく三原と娘が田圃道を此方へ向つて歩いて来るのが解つた。三原は娘の肩に腕を載せてゐる。そして、時々歩みを止めて稍暫く二人は立止つたりする。私は望遠鏡を取出して見たので、私だけには、はつきり解つたのであるが、――私は嫉妬を覚えて、
「何を愚図々々してゐやがるんだい、馬鹿野郎!」
と怒鳴つたりした。皆が、それに伴れてワイワイとはしやぎたてたりした。
娘と三原は私達のところへ駆けて来ると、娘が、私の妻の手をとつて、
「あたしも一処に伴れてツて頂戴な?」
と申し出た。すると他の三人の青年に、私も加はつて、一勢に横を向いて――「チエツ!」と云つた。一同は常々、娘の居酒屋の常連で、娘に同程度の関心を持つ者であつたが、(私も――)娘は、私達の中で最も若く、そして生真面目な三原に、露はな好意を示し、三原となら結婚をしたい! と私に云つたことがある。妻がゐた時に娘からそれを聞いた私は、賛成だ! と云つた癖に、別の時に娘が私に念をおすと、私は前のことなどは忘れた風にデレデレして、酔つ払ひ、厭といふ程娘に口の端《はた》をつねられ、
「奥さんに云ひつけるわよ。」と突き離された。
私が思はず他の者に加つて舌を鳴したのを妻は見とがめて、私に拳固を示し、そして娘に、
「行きませう/\、一緒に――あの人達皆、あなた達を嫉いてゐるんだから、たんと苛めてやると好いわ。」
と誘つた。皆は、また一勢に舌打ちを繰返し、苦々し気に首を振つたりしたが、ドリアンの手綱をとつた三原が、もう先へ立つて歩き出したので、否応なく出発した。
私達は浅瀬の多い河に添つて、昼顔が咲いてゐる堤を遡つて行つた。三原は投網を取り出して、浅瀬を渡りながら忽ち十余尾の鮎を捕獲した。――そして、河上の第一の村に着いたのが夕暮時であつた。
「これで、今夜の御馳走は出来たわけだ。」
「先づ掠奪に至らずに済んだことは、お互ひに幸福だつたね。」
「三原がゐなかつたら――」
「さうすれば此方の道は選ばなかつたばかりさ。」
鉄砲に自信を持つ正吉(大学生であるが通学を嫌つて何時も私達の後を伴いて回つてゐる弟)が、既に夕霞みが低く垂込めて灰色に煙つてゐる彼方の森を指差して、負け惜みを云つた。
ところが、その村には娘の知合の家があつて、娘が知らせたと見えて私達が河原に、テントを張り夜食にとりかゝらうとしてゐるところに、主が迎へに来た。是非一同に泊つて欲しい! と云ふのであつた。皆は辞退したが私は、テントよりも当り前の住宅の方を好む者であつたから、遠慮なくその主の大きな炉のある家へ赴き、馬の話に興がつて酔ひ倒れるまで酒を飲み、また、一行を呼び寄せ、手風琴を弾いて、ドンチヤン/\と踊つたり歌つたりした。
翌日は、次の村に到着しないうちに、谷川のある森で日が暮れかゝつたので、三つのテントを流れの傍らに張り、盛んな焚火をして、其処に泊つた。――正吉が、山鳥を一羽打つたので、そして娘が前の晩に家から※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を一羽と野菜類をおくられたのがあつたので、私達は、平和な夜食を執ることが出来た。酒は、もう無かつたので、私達は焚火の傍らで、おそくまでポーカーの手合せに耽つた。――負けた者は次の村で、酒の工面をする! といふ、空しい約束で――。
私が、負けた。
翌日の午頃次のR村に着いた。毎日々々麗はしい天候が続いてゐた。
私は、酒のことが気にかゝつて、一行から稍おくれて、何となく迂参な眼つきをしながら、家々を眺めながらとぼ/\と歩いて行くと、梨の花が咲いてゐる納屋の傍らで藁をきざんでゐる老婆が、不図此方を向き、稍暫らく凝ツと私の顔を見守つてゐたかと思ふと、突然、
「まあ!」と頓興な声を挙げた。
「お前さんは、新町のお坊ちやんぢやねえかのう? まあ/\、好くお出なすつたのう。」
「婆やか……」と私も頓興に叫んだ。私は乳児の時代にこの老婆の乳をのんだ由である。それが縁でつい二、三年前まで春、秋には毎年老婆は農産物を携へて私の生家を訪れてゐたが、私の家が私の代になると、居所不明になり、私も、今が今迄老婆のことは忘れてゐた。
私は、声を挙げて先に立つてゐる一行を呼び返した。
「よくまあ、婆やのことを忘れずに来て下すつたのう。おゝ/\、永生《ながいき》はしたいものぢやわい。それで、お坊ちやんはお幾つにおなんなすつたかな?」
「三十四――」
私達は、はねつるべの井戸端で
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