素晴しかつた、何とかして俺を除外したがつてゐた体操教師も、あれには敵はなかつた、運動会の分列式の時には校旗と並んで俺一人がラツパを吹いた、見物の女学生などは感嘆の声を挙げた。」滝野は変に調子づいてペラペラと喋舌つた。(発火演習の帰り路などには、軍隊はへと/\に疲れて軍歌を歌ふ気力もなかつた。村の家々の窓からは灯火が洩れてゐた。「滝野ひとつ頼むよ」と誰かが云ふと「よしツ。」と自分は先頭に進み出た。そして小脇のラツパを取り上げるや余韻条々たる進軍曲を吹奏した。全軍の歩調は忽ち愉快に整つて、勇しい靴の音が夕暮の森に響き渡つた。駈歩になつても、俺は調子違へずに吹けたものだ。)
十二三年も前のことだ。(五年生の時そんなものを軽蔑して、棄てゝ以来随分永い月日が経つが、今でも出来るかしら?)彼は、そんな思ひに耽つてゐた。
「たしか田舎の家に、つい此間まであつた筈だが……焼けてしまつたかしら?」
「ホーンといふのは何んな形なの?」
「煩いよ――。俺は今そんなものゝことを考へてゐるんぢやない。」
「兵隊のラツパなんてどうでも好いわよ。――しつかりしなさいよツ――」
滝野は、周子の声など聞えぬ風でそつ
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