した。――あんなに業々しい態度で、夜となく昼となく机の前を離れずに考へ、そして書いたことが、斯んな馬鹿/\しい愚痴だつたか、と思ふと軽蔑の念はおろか、彼女は肚もたゝなかつた。
 その晩も、また滝野は机の前で徹夜した。何とか遠廻しにからかつてやりたい気もしたが、酒を飲んで騒がれるよりは増しだつたから、周子はそつと何も知らぬ振りをしてゐた。
 翌朝彼女が起きて見ると、滝野は机に突ツ伏して鼾をかいて眠つてゐた。――その周囲には、滅茶苦茶に引き裂かれた原稿紙の破片が無数に散乱してゐた。
 滝野は、三時頃まで眠つて、起ると、酒を出せと命じた――。辛うじて一本の酒を飲み終る頃には、彼はもう真ツ赤になつて、大して饒舌にもならず、その儘寝床にもぐつて翌朝までこんこんと眠つた。

 滅多に手紙などの来ることのない滝野のところへ、或る朝一通の往復はがきが配達された。――××中学卒業生のうち、東京在住の者だけの同級会の案内状だつた。滝野は、返信の「出席」「欠席」といふところを、「出席」に八重丸を付け「欠席」に棒を引いて、折返し差出した。滝野は来年三十歳だが、つい此間まで両親の許に碌々として生きて来た為か、そ
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