いゝだらう、この小さな体を持てあました。君は多芸だから羨ましい。」純吉は、沁々と云つた。
「テニスでもやれよ。」
「嫌ひなんだ。」
「そのうちまた何か始まるだらう。」
「始まるかしら? 然し何か生活に色彩か変化を欲しいことだ、どんな些細なことでもいゝから――」
「君は小説の方程式を知らないから――」
「小説も何もないんだ。」
「それが好くないんだよ、その癖が。――だから斯んな場合に沁々と勉強し給へよ、方程式を呑み込んでしまへば、二つや三つ小説を書いたからツて、ビク[#「ビク」に傍点]ともしなくなれるよ……解る?」
「解るやうにも思へるし……」純吉は、滅入りさうな声で「本を読むことすら斯う嫌ひでは救はれぬことだ。」などゝ云つた。「斯んなことばかり云ふのは笑はるべきで、寧ろ重々卑しいが、俺の心には大きな風穴があいてしまつた。トンネルのやうにガラン洞で、落寞としてゐる、いやこれは生れつきだ、此奴親父をきつかけにして、いろんな風に媚びたり甘えたりしてゐるに違ひない。」……」
斯んなに読んでも、未だ滝野は身動ぎもせずに眠つてゐるが、周子は酷い退屈を覚え、この先読み続けるのは、頼まれても厭な気が
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