の下に小さな机を向けて、室内の凡てを背にして、端座し続けてゐた。次の間で周子は、子供を相手に編物をしながら、時々夫の後ろ姿を眺めた。
「この唐紙を閉めるんだ。」
滝野はさう云つて閉めにかゝつたが、具合が悪くてうまく閉《しま》らなかつた。彼は、性急に舌を鳴して、断念してまた元の座に返つて煙草を喫してゐた。――そして、彼は時々口のうちで極く低く何やらぶつ/\と呟いだり、大業に胸を引いて、稍暫く首を傾けてゐたり、チヨツと舌を打つたり、さうかと思ふと、薄気味悪いことには、にや/\と声のない笑ひを浮べたり、ウン[#「ウン」に傍点]といふやうに拳を固めたり、悲し気な溜息を吐いたり、ポンポンと頭を叩いたり、唇を卑し気に歪めたり……そして、ふつと周子の存在に気付くと、忽ち気を取り直して、鹿爪らしく坐り直したりしてゐた。――その晩は、徹夜をしたらしかつた。朝になつて、周子が見ると、彼は、胡坐の儘後ろに反つて、死んだやうに眠つてゐた。
机の上に原稿用紙が拡げられて、その何枚かが滝野のイヂケた文字で埋つてゐた。
周子は、悪い気がしたが、好い加減なところをそつと覗いて見た。――こんなことが書いてあつた。
「……さうは思つても、たゞさう[#「さう」に傍点]思つたゞけのことで、純吉の胸はマツチをすつた程にも動かなかつた。彼は、鈍い夢を振り棄てるやうに首を振つて、相手の顔などは見ずに、漫然たる笑ひを浮べながら、
「これが羞かみでゞもあるんなら、君の悪戯も効を奏したわけになるんだが、(どつこい、さうはいかないよ。)――非常に図々しいんだよ、この俺は、この俺は。」と云つた。つまらないことばかりに興味を持ちたがる川瀬へ、これで純吉は一矢報いたつもりだつた。
「そりやア文学青年なんていふ代物は、十中の八九までそんなものさ、フツフツフ……あゝカビ臭い、カビ臭い。」
川瀬は、さう云ひながら仰山に顔を顰めて鼻をつまむ真似をした。
「小説が書けないで閉口することを小説にした小説が往々あるが、その種の小説程馬鹿/\しい物が、またとあるだらうか!」
純吉は、さつき云はうとしたところに漸く話を戻して、いかにも立派な意見でも吐いたかのやうに重々しく呟いた。
「俺はそんな小説は、てんで読んだこともないから知らないがね。」と川瀬は、空々しく煙草を喫しながら、
「つまらなければ読みさへしなければ好いぢやないか、つま
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