したものだ。少々説明してやらう。(1)は総選挙の当日に於ける村役場の前だよ。入口の受付に陣どつてゐるインヂアンは、例の水車小屋の若者Eだよ。得意然と腕を組んで、強さうな顔をしてゐるだらう。次の(2)は当日の居酒屋の前で民政党の運動員が歓喜に踊つてゐる光景だよ。彼等は、云ふまでもなくこの服装で凡ゆる運動に従事したが、何処へ出るにも馬に依つて山を越えなければならないといふ村であつたから、今回はこれで大変に機敏な活動が出来たといふ話で、写真の(3)を御覧! 一人のインヂアンが、一団の同族に胴あげをされてゐるだらう、それは――担ぎあげられてゐるのは僕で、僕がその時不図通りかゝつたのを見ると、彼等は一勢に居酒屋の中から飛び出して来て、
「君のお蔭で全く愉快な活躍が出来たんだよ!」
「有りがたうよ。」
「感謝するよ!」
 などゝ云ひ放つやいなや、まるで僕を代議士当選者でゞもあるかのやうに、有無を云はさず手どり脚どりして、三度も空中に投《はふ》りあげやがつた! それを案の条、通信社の写真班が当選者と見誤り、駆けつけてパチリとやつたのだが、後で話をきいて、無駄写しをしてしまつたのが解り、不用なもので冗談にして僕に届けて寄したりしたものさ。(4)――これは森の傍らにある僕等のキヤンプだ。左手にある小屋は以前に炭焼の家族が住んでゐたのだが彼等は去年の暮更に奥深く森の中へ移ることになり、空家になつたので僕等が借りうけたものである。斧を振りあげて薪をつくつてゐるインヂアンは僕で、傍らに鉄砲を磨いてゐる山女が僕のワイフだ。牛飼のEといふ男が来ると、この男鉄砲の名人で、何時でもこのまはりで忽ち二三羽位ひの小鳥を落して仲々うまい料理をつくつて呉れる。
 写真の(5)は、村にある僕等の借屋での酒盛の光景だ。山の神様の祭り日といふ目出度い日があつて順番に仲間の者の家を宿として、飲み、歌ひ、踊る――のである。飲み――だけの仲間入りは辛うじて出来るが、新来の僕等には歌は常に聴手であり、踊りは常に見物人であることは言を俟たない。
 写真の(6)を見よ――これが山の神様の祭り日の踊りの実景だ。踊り手がこのユニフオームだから、こうして火のまはりをまはつてゐる姿は、真のインヂアンに見えるだらう。
 この踊りは相当の熟練を要するらしい。写真の一端に一人、妙なかたちで、不整ひに腕を振りあげてゐる男があるだらう。これは君も知つてゐる大学生のHだよ。僕等と一処に此処までも来てゐるんだ。Hの奴、この時、あんな踊り位ひ俺だつて出来るに違ひない、キヤムプ・フアイアのまはりで俺達がやるトラバトウレと大同小異らしいぢやないか、演つて見よう! と調子に乗つて無造作に仲間入りしたのであるが、一向に調子が合はず一回りもしないうちに忽ちあかくなつて脱け出るべく余儀なくされた仕末さ。写真の様子でも解るだらう、あの息苦しくテレくさ気に切端詰つたらしい気の毒さうな姿が!
(7)の写真は、丘の芝原に寝て僕が読書してゐるところを不知の間に写されたものだ。読んでゐるのは文芸雑誌だ。インヂアンが山の上で文芸雑誌を読んでゐるなんて突拍子もない光景だが、天気の好い日は此処に斯うしてゐると、僕の経験範囲の凡ゆる室内は快に於て比ぶべきもないのだ。この通信も大方此処で斯うして書いたんだよ。冠だけは日除のために(好適)斯う、被つてゐるが上半身は全裸ではないか。――次の写真(8)は、EとHとワイフとが、午飯を担いで俺の在所を探しまはつてゐるところさ、俺が見つかり次第其場にデインナー・パアテイを開くわけさ。ワイフが口にくわへてゐるのは呼子のサイレンだよ。どうかすると谷を越へた向方の山蔭へなど書斎を移してゐる俺の注意を呼びさますために、丘の頂きに立ちあがつて信号をするのである。何しろ斯んな鍋や飯盒をぶらさげて谷を渡つたり、丘を越へたりするのでは堪らないから、サイレンを聞いた時には、此方でも立ちあがつて音響の方へ駆け出すべき約束なのである。
 それはさうと、今時は麗らかな日ばかりが打ち続き、まだ/\爬虫類も出没しないし、間もなくすたつてしまふであらう斯の珍奇な風俗が盛んの間に幾分の好奇心を持つて訪れて来ないか。僕は僕で、そちらの流行に就いて君に依り教示を得なければ居られない多くのものがあるだらうから――その時は新型洋服のカタログと二三本の新柄ネキタイと鏡を一つもつて来て呉れ、その上で僕等は新しい着物に着換へ、何ヶ月振りかで鏡に向ひ、粋なネキタイでも結んで、君と共に此処を引きあげるつもりだから。
 やあ、サイレンの音が響いて来るよ。――さつきから鉄砲の音が一つも鳴らぬようだつたから(斯うしてゐても僕は、何となくそれに気をつけてゐるんだぜ。)今日の午飯は、おそらくまた肉類なしの、芋の主食であらうが、斯うしてはゐられないから向方の丘まで
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