して云ふのであつた。あなたが、この鳥の羽根の冠を風に翻しながら、そして、ガウンの裾を肩の上にはねあげて、田甫道などを歩いて行く様子は、ほんとうに勇まし気に見へ、何時も思はず振り返つて、その颯爽たる姿が指呼の彼方に没するまで惚れ/\と眺めてしまふ……。
「あの人に比べると、おそらく体格の堂々たるあなたが――と私のスヰート・ハートが、私に向つて度々云ふのです……」
 と若者は凄まじい声色をつかつて云ひ続けるのであつた。――「あなたが――と彼女が云ふには――つまり、私のことですよ、あれを着て歩いたら何んなに立派なことだらう、馬に荷物を積んで市場へ行つた帰りに、馬を飛ばせて戻るあなたの頭に、あの冠が翻つたら、――あゝ、あたしは何んなに烏頂天になることだらう、何んなに嬉しい心地であたしは、あなたを村境ひの丘で迎へることが出来るであらう。」
 若者の言葉の調子は益々逆上して、息苦し気にさへ僕に映つた。
「僕達二人は、何時もあなたを見るにつけ堪らない物欲し気な眼を挙げて、そんなことを云ひ暮してゐたのですよ。私の彼女は云ひました――あんな痩ツぽちのチビ男が着てさへ、あんなに立派に見へるあのガウンを若しも……アツ! これは何うも失礼、うつかり飛んだことを……」
「関《かま》ひませんよ。その通りですもの――」
 と僕は鷹揚に点頭いたものゝ、内心相当の不愉快が巻き起り、ついさつきまでは、それほどまでに斯んなものが欲しいといふのなら、もう少しで、現在妻が編みつゝある素晴しいアメリカン・ビユウテイのセーターが出来あがる由だから(無論僕は、セーターが出来あがるまでの一時しのぎに、斯んなものを着用してゐたのであるから――)進呈しよう! と思つてゐたが、それから引き続いて若者はいろ/\な交換条件を提出してまでも、譲り渡しを頼んだのに僕は、
「まあ、考へて見よう。」と一言云ひ残して、その場を立ち去つた。
 ポーカーに負けた僕が或晩遅く居酒屋へ酒を買ひに行くと、先日のEをはぢめ、馬蹄鍛冶屋のY、村長のノラ息子、森の炭焼家、川向ひに住む執達吏、その他幾人かの屈強な男達が車座になつて何か密議に耽つてゐた。大方選挙に関する相談でもしてゐるのだらうと思つて僕は親爺が酒壜を荒縄でからげるのを片隅で待つてゐると、Eが傍らに来て叮嚀なお辞儀をした後に、また例の交渉を切り出すのであつた。僕はポーカーに負けて少々向ツ腹が立つてゐたところだつたので、
「そんなに欲しいんなら、持つて行くが好いさ――」
 と云つて、先づ帽子を脱ぎにかゝつたのである。すると、突如! ワツといふ叫び声が挙つたかと思ふと車座が飛び散つて、猛獣のやうに彼等は僕に飛びかゝり、口々に「俺だ!」「いや俺のだ!」「馬鹿を云ふな、俺が貰つたんだ。」と怒号しながら、恰で紙屑のやうに僕をもみ倒してしまふのであつた。僕は、苦しい/\! 待つて呉れ! と悲鳴を挙げながら素早く身を交して渦巻の中から飛び出したのだが、更に彼等はワーツ! といふ鬨の声を挙げて追跡にかゝつたのだ。寒い、明るい月の晩だつたよ。僕は白い街道を一目散に駆けながら、いよ/\堪らないと思つて、次々に身に着けてゐる品々を脱いでは棄て、脱いでは投げして、終に全裸《まるはだか》のパンツ一つになり、宙を飛んで吾家に戻つたのである。

 間もなく村の若者達の大半は、この服装に変つたのである。僕のを雛形にして、これが青年団の正服に制定されるといふことになつてしまつた。
「当分の間でも関ひませんから、あなたがひとつ村の青年団長となつて、思想善導の任にあたつてくれませんか。」
 恭々しく雛形を返還に来た村長は端然と座つて僕に云ふのであつた。僕は種々《いろ/\》の理由から推して、誠に残念ながら左様な名誉職の席に登り得るものではない――と漸くのことで辞退はしたのであつたが、そんなことが機縁になつて村の若者達と深い親交が結ばれるようになつたのだ。
 僕等は半分森林近くのキヤムプに住ふことになつてゐるのだが、休み日とか、通りがゝりのついでとか、月夜の晩とかには必ず彼等のグルウプがやつて来るのであつた。
 炭焼の若者や、猟師達も、皆な普段にこれを使用してゐるので、彼等が馬に乗つて彼方の谷間を駆けてゐるところや、野良で働いてゐるところでも、牧場で牛を飼つてゐる姿を望見しても、僕は、いちいち、大変な国! に来てしまつたといふ風な妄想に走らせられたりする位ひなんだよ。
 君、この同封の幾枚かの写真を見て、君にしろ、これが、新宿を起点とする小田急電車を柏山といふ小駅に降り、西北を指して五六哩――二つの丘を越へた高地で、山にとり囲まれた盆地の小村であり、然も千九百三十年の春であり、半日もかゝらないで君の処へ遊びにも行かれるなんていふところの風俗と思へるか?
 同封の写真は主に村長のノラ息子が撮影
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