粉々と打ちはためかせて居るのでした。――脚は梯子を履む想ひもなく、宙に、雲の中を行く如く、腕は、ときめきに震へて、ひたすらに光りの影を追ふが如く、眼は、ハラハラと五彩の雪に降り込められて、今にも呼吸《いき》がとまつてしまふかのやうな烏頂天の宙に、吾を失ひさうでありました――。といふのは、あの「祝福された星」の歌の唱歌者《うたひて》は、歌の初めと終りで、未来を約す熱い接吻をとりかはすのが慣ひである、ミスルトウの枝の蔭で――といふ話を私は、もう一年も前からフロラに聞いて、誰があの歌を、このフロラと歌ふことであらう――と、羨望ともつかず、いつも/\夢幻《ゆめうつつ》に想像しつゞけてゐたところの、云はゞ悲し気な夢だつたのが、――あゝ、今や、この憐れな夢想家が、忽ち、その歌の合唱者に選まれようとしてゐるのか……。
脚がふるえる、胸に止め度もない花やかな竜巻が疾風に追はれて、生きた心地も忘れて――私は、梯子の中途に、烏のやうに翼を休めると、それが大波と揺れてゐるのを感じ、と、氷のやうに冷い稲妻に似た光りが、烈しい勢ひで五体をかすめて行く戦《おのの》きに襲はれました。
底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「蝋人形 第三巻第四号(四月号)」蝋人形社
1932(昭和7)年4月1日発行
初出:「蝋人形 第三巻第四号(四月号)」蝋人形社
1932(昭和7)年4月1日発行
入力:宮元淳一
校正:砂場清隆
2008年1月28日作成
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