と気たゝましい歓喜の声を挙げました。そして、恰で逃げてしまふ生物を見出したかのやうに慌てゝ、
「ハリヤツプ/\! 見事な一株の、幸福の木を発見した。」
と叫びました、森閑とした森に、その声が真に山彦の精に似て鳴り渡りました。私が、驚いて駆け寄るとフロラは、
「おゝ、妾は終に幸ひを見出した。」
と、とても仰山な声を挙げながら、悦びに亢奮して私の胸に抱きつきました。
で、私がフロラの指差す上を眺めると、二抱へもある程の樅の大木で、成程、遥かにそよいでゐる寄生木のある枝までは、目測凡そ二丈も昇らなければなりません。――私の両脚は全々感覚を失ひました。
「おゝ、勇敢なる騎士よ。」
とフロラは真面目に叫びました。――「樵夫の家から縄梯子を借りてお出で。妾はお前の手が幸ひの木枝に触れるのを注意深く視守るであらう。お前が剪りとつて来る幸福の枝に妾は、二人の永久の幸ひを祈る最初の接吻を捧げるであらう。妾の勇敢な、より好き半身よ。ハリヤツプ/\。……光りを拾ふための梯子を……」
私は夢中で縄梯子を運んで来ると、つぎ竿の先で辛うじて梯子の一端を「幸福を宿す木」が私達のために緑の翼を拡げてゐる樅の枝に懸けることが出来ました。
「二人で昇つて行つても安全であらうから、妾も、妾の頼る者の後に続いて、あの枝に腰をかけて共々に(祝福された星の歌)を歌はうではないか。」
宙を腰木の枝からブランコになつて垂れてゐる梯子を、さすりながらフロラは切りと私の登攀を促します。
「では――」
と私は、決心の瞑目をして云ひ切りました。――「おゝ、歌はう、幸福の枝を抱へたお前の肩に凭つて私達が橇道を降つて行く帰りの、橇の上で歌はう、未だ、あの幸福の枝は完全に吾々の手に帰したとは云へぬであるから、――一刻の猶予を与へてお呉れ。」
その一刻の猶予が、真に私にとつては天国と地獄の岐れ道とも思はれるのでした。私は梯子の中途で、脚を滑らせさうな危惧にばかり襲はれてなりませんでした。単なる幹を伝ふよりも危い、ブラ/\とする縄梯子は全く私にとつて初めての冒険であります。
「よしツ!」
と私は覚悟して、一振りの山刀を腰のバンドにたばさむと、神妙な脚どりで一段一段と縄梯子を昇りはぢめました。
目が眩む――と思ふと、それは何も迷信的な臆病のみがさせる業ではなくて、橇に乗つた帰り途の想像が、私の魂を恍惚の吹雪で
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